Recode of Daily Cat's Life

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2006
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        2006年12月3日 記
        マリの散歩 銀杏の絨毯
 犬のマリちゃんの肥満対策として天気の良い日に30分から1時間の目安で散歩に出かけている。ここは私が小さな頃通った岡谷保育園の前の神社の境内(?)。銀杏と椛の落ち葉が絨毯のように敷き詰められていた。まだ落ちたばかりの葉でできたふわふわな絨毯である。その上を歩くとサクサクと音がする。マリちゃんも喜んで足でサクサクして遊んでいた。なんだかお花とは違った良い匂いがするような気がする。マリも鼻をつけて落ち葉の下の匂いを嗅いでいる。あらためて銀杏と椛の組み合わせっていいなと思った。

 猫友達の一人が15インチのビーグルを13年飼っていてしかも猟犬として使っていたという。
 ビーグルは猟犬としてウサギを捕るようにダックスと何かを掛け合わせて作られた犬だそうである。ブッシュの中を自在に獲物を追いかけて走り回れるように足が短い。猟犬として立派に猟ができるように仕立てるために、お手とかお座りといった余分な事は教えない。その代わりに、「右に行け、左に行け、ゴー、ストップ、待て」をしっかり命令に従わせるようにする。小さな頃から懐に入れて可愛がり主人の言うことを絶対に聞くように育てるそうである。
 猟をする前に猟欲を駆り立てるために、生きたウサギを追いかけさせて殺させると言う。息を止めるまでに最初は5分位掛かるが上手になると30秒で殺すことができるようになるとのこと。猟犬として生きている犬達もいるということをあらためて認識した。

散歩の途中でお昼ねしている猫達に出会った
マリちゃんはスタスタと近づいていったが
シャーっとやられてすごすごと引き返してきた
マリちゃんは猟犬じゃなくて良かったな
それにしても右の猫ちゃんは
オーストラリアのタスマニアデビルみたい・・・



 2006年11月19日 記

 1週間ほど前から とても寒く感じるようになった
八ヶ岳は雪で真っ白。諏訪湖に白鳥も飛来した。
干し柿作りも終わった。父のいた頃は大根やおはの
漬物を作った時期だもの 寒くなるわけです。
 猫ちゃんたちは 寒さにそなえて よく食べること。
口内炎の激しいパトリシアもなんとかしっかりと食べてくれる
少し温かい日は ちび猫たちは外に出たがるので1時間ほど
出してあげると、日向ぼっこ兼冒険を楽しんでくる。
 落ち葉と遊ぶのが楽しいみたいだ。
遊んだ後は 私の部屋で毛つくろいとお昼寝。
夜は猫団子状態。
外猫ちゃんだったチッチちゃんも
すっかり家の猫ちゃんたちと溶け込んでいる
夜は家でお泊りして、朝食が済むと出かけて
夜になるとどこからか帰ってくる。
以前は 外にいる犬のマリちゃんのご飯を
かっぱらって食べたりしていた。
いまでもマリちゃんのご飯を狙っている。
チッチは猫の癖に 犬のマリちゃんを尻に
しいて威張っているようにみえる。
チッチは絶対に小さい頃誰かが
飼っていた猫だと思う。
昼間は前の飼い主または ご飯をくれる
人の所に行って来るのかな?



2006年11月1日 記
ちび猫の避妊手術・キャロルの歯石除去
外猫チッチの去勢手術・西友の通院
 10月1日から西友の虹彩炎の治療のための内服薬と点眼を毎日続けている。トキソプラズマの注射は中止になり、今までの経過からして、原因がトキソから来ているとしたらステロイドの続行で悪くなるはずであるが、悪くならないのでFIPから来ている可能性が強いとの事。西友のFIP抗体価は100で最初の時点ではFIPは否定されたが、院長先生いわく「免疫力の低い猫では正確な抗体価が出るとは限らないのでFIPが原因疾患であることは確実」との事でした。虹彩炎がウィルスを原因としている限り長期にわたる治療が必要になりました。経済がもつかどうか。
 キャロル↑は1999年5月に家で産まれました。ほかに3匹の兄弟がいましたが皆1歳少し過ぎた頃に外に遊びに行って皆クルマにはねられて亡くなってしまいました。ルリカ(メス)とルナジューン(オス)はどなたかが清掃工場に運んでくださったようです。ドナルド(オス)は家のすぐ前の道路ではねられてしまいました。
 キャロルは1年くらい前までは外に遊びに出していましたが運良く事故には遭いませんでした。が2002年の8月1日に2日ほど帰ってこないと思っていたら今にも死にそうな呼吸状態で家の前に現れ、獣医さんに1ヶ月入院し濃厚な治療の甲斐あって生き延びることができました。気管支鏡や細胞診などの検査もしました。
 その後は獣医さんに掛かることはほとんどありませんでしたが、歯石がひどくなっていましたので、10月25日に前日入院し2泊3日で歯石をとってもらってきました。診雑音があった為と肝機能が悪かったために(AST=106)1日多く入院してきました。 慢性鼻気管支炎があるので大きな鼻の塊を飛ばしています。
 チッチちゃんは去年の11月頃から家に遊びに来るようになった猫です。それまではケテオちゃんという白黒猫が来ていました。ケテオちゃんはパークホテルのところからやってきましたがもう長い間姿が見えないので死んでしまったかもしれません。未去勢のオス猫だったのでケテオちゃんは生傷がたえませんでした。でも自分の愛する家族がいたようで子孫も残していたようです。
 チッチちゃんもパークホテルのほうから来たようです。だいぶ懐いてきましたので、10月27日に前日入院で去勢手術をしてきました。突然わたしが小さなキャりーに入れてクルマに乗せていったので獣医さんでパニックになり、チッチちゃんは診療室を逃げ回り、動物管理士のかたもチッチちゃんも流血の騒ぎになってしまいました。 それで抜糸の必要ない埋没法で去勢をしてもらいました。5日間の抗生物質の与薬が必要なので、うまく騙して家に泊まってもらって薬を与えています。でも外に出たいとあらびてブラインドが一つ壊れてしまいました。 外猫ちゃんにとって去勢はショックな出来事でしょうね。
 キャロルと一緒に5月に保護したちび猫ちゃんの避妊手術もしていただいてきました。ちび猫ちゃんは小柄な猫で、動作もいろんなものにじゃれて遊んだりしてまだまだ子猫のようですが、時期がきたので思い切って避妊手術をお願いしました。手術から今日で1週間経ちます。真っ白だった腹帯もうすよごれてほつれが目立つようになったので脱がせました。
 伴創膏でしっかり固定されているのでこのままあと1週間の我慢で抜糸です。やっと一段落つきました。術前術後変わりなく相変わらず元気いっぱいなちび猫です。ついでに猫白血病ウィルスの検査をしました。マイナスでした。




今年の初めの西友の目はこんなに綺麗だったのに
2006年10月20日 記
西友の目の病気・・虹彩炎
 西友は猫白血病ウィルスのキャリアですが、今までは割と健康で、予防接種と去勢手術、下痢に対するスピロヘーター落しで獣医さんに行ったことはありますが、まさか目の病変でこんなに長く通院するとは予想がつきませんでした。
 最初に目の異常に気づいたのは9月の終わりのことでした。左眼の開け方が細くて、左の鼻にいつも鼻が黒くくっついていました。近くでじっと見ると、なんだか瞳孔の大きさが左右違うのです。 脳の異常か腫瘍かを疑いました。
 10月1日の日曜に早速かかりつけの獣医さんで見てもらいました。左眼は瞳孔の異常というよりは虹彩炎から来た葡萄膜炎を発症していて、虹彩の炎症部からフィブリンが出ていて癒着を起こしているとのことでした。
 原因を調べるために血液検査とウィルスチェックを行いました。検査上では内蔵の以上はありませんでした。トキソプラズマは(-)、FIPは5日後に100とのことで一応ウィルスによる疑いは否定されましたが、ウィルスチェックで-でも骨髄中に抗体を持っている固体もあるとのことでした。
 猫白血病があるので積極的にステロイドは使えないので、抗生物質内服と点眼薬に抗生物質とステロイドを使うとのことでした。10月1日から10月6日までトキソプラズマと抗生物質の注射に毎晩通いました。目薬には途中からフィブリン溶解剤が加わりました。
 自宅で1日10回の点眼と内服を頑張りましたが今度は今まで以上の無かった右目も虹彩のかたちがいびつになり、まるで死んだ魚の目状態に膜が掛かったようなにごった目になってしまいました。9日(月)に受診し、今度は通院でなく入院して治療を受けることになりました。(左は入院前の西友の目です。このように両目ともにごってしまいました。

 10月9日から10月14日まで入院して濃厚な治療を受けて左眼は葡萄膜炎が治ったように見えましたが虹彩はいびつになってしまい対抗反射がうまくゆかなくなりました。右目はもとのように戻ったように見えました。 原因は不明ですがトキソプラズマの治療を続行してゆくことになりました。眼底には異常は無いとのことです。
 しかし10月20日現在右目の虹彩にも再び炎症性の変形がわずかに見られていますので、心配です。まだ1歳と数ヶ月の西友の目が不自由になるなんて考えもしませんでした。
 

散瞳薬の点眼をしているため眩しい西友

食欲は普通で今のところ内蔵関連の以上がないのが救いです。

9月の頃の目に戻れたらいいな!



10月11日 記
マリちゃんの避妊手術
マリちゃんの歯は4月に連れてきたときは灰色の歯石に
覆われていました。歯茎と舌の境目にはゼリー状のものが沢山入った丸い袋がぶら下がっていました。そのため固いフードは食べることができませんでした。
8月2日から4日まで入院して麻酔をかけて歯石を取ってもらってきました。口の中が綺麗になって気持ちが良いです。写真に写しても白い歯がキラリとして美人に見えます。今でも固いものは苦手なようです。

笹身ジャーキーをカジカジしているマリ

退院日に病院にて
医療費 約10万
血液検査の結果
TP 6.2 ALT 18
Bun 15 Cre 0.6
Alb 3.2
WBC 9400
Rbc 787 Hgb 17.7
PLT 46.6
体重 7.76
健康体
歯石と避妊は一時にできないとのことで8月15日から20日まで入院して避妊手術を受けてきました。手術中に獣医さんからрェあって「お腹に手術後があるが手術をしていいかどうか」と聞いてきました。私は「避妊手術かどうか解らないのでとりあえず切ってみてください」とお願いしました。結果は手術後は帝王切開の跡で、子宮が腸にひどい癒着を作っているとの事でした。拾ってから1ヶ月くらいのときに不正出血があって心配でした。でもこれで一安心。




上にパトリシア
左はリリィ 右はつぶ
こうやっていつもくっついて寝ています
2006年9月11日 記
仲良しトリオ
 早いもので 6月23日にヒデが亡くなって3ヶ月が経とうとしています。 ヒデに引き続いて立て続けに全員が胃腸の感染症を発症して朝晩のお薬やら通院やら入院であわただしい日々を過ごしました。8月後半に犬のマリちゃんの避妊手術を終え、一連の獣医さん関連がやっと一段落し莫大な費用の精算が終わり、穏やかな日々が戻ってきた感じがします。 チビ猫と西友・リッチィの幼猫トリオは相変わらず部屋中駆け回って元気に過ごしています。

 黒猫のつぶちゃん リリィちゃん、縞猫のパトリシアはこの数年1日のほとんどを3匹いつもくっついて過ごしています。 つぶちゃんはお母さん代わりのルミちゃんが亡くなってから、寂しさの為か、単にずくが出ないのか、食べては眠る生活をしてきたために肥満症になってしまいました。彼女は他の猫のするようなお尻の始末が自分でできません。 歩くとお腹の贅肉が左右にタプタプ揺れ動きます。 まさに生活習慣病ですね。でもウィルス感染症に強くて病気知らずで長生きをしています。
 
外のクーラーカバーの上で 虫干しをしているつぶ
H7年4月10日にに避妊手術をうけました
H14年9月22日には歯石除去手術をしました
パトリシアは 猫白血病ウィルス(+)でお口の中がひどく荒れている為いつもゆだれを流しています。H11年7月2日に避妊手術を受けました。今年6月・8月に口内炎の治療のため入院しました。
3匹の食事です。リッチィがいると落ち着いて食べられませんが、この3匹だけなら上品なお食事タイムがすごせます。 リリィの体格が一回り小さいのがよく解ります。  おしっこ中のリリィ。リリィは私の心配をよそに毎日パークホテルのスクエアまで外出しています。最近体がやせてきました。そこにはリリィを可愛がってくれる餌やりのおばさんが来ているからです。8月3日に歯石除去の為入院しました。
パトリシアの血液検査 4月23日→6月25日→8月5日
白血球 19800→29600→25900
赤血球 600→656→495
Ht 29→32→25   TP 9.4→9.4→8.2
ALT 89→101→105 Bun 201→32→33
リリィの血液検査★H18年8月2日
白血球16000、赤血球618、HGB8.3、Ht29、PLT20.1
TP10.4、ALT52、Bun16、Cre0.7
 夏は日差しが長く窓際ではいつもぽかぽか暖かい日が続いています。日光浴のときもこんなに隅っこに固まってくっついています。お互いのぬくもりに安心感を得ているのかな。
 同じ屋根のしたに住むのですから、こうやって仲良く過ごしたいものです。このこたちは自分たち同士も中が良いのですが、他の猫ちゃんたちにも優しいです。 
 私はチビ猫たちや犬などに時間を取られて、なかなかこのコたちをかまってあげられません。 つぶちゃんが2匹のお姉さん役をしてくれています。 パトリシアもリリィも今体が弱いのですが、なんとか頑張っています。




ルミちゃんは1度ベッドに入ると
発作が起こらないときは
朝までずっと私の腕のなかで
大人しく寝ていました
他の目の見える猫ちゃんたちが
朝大運動会をして騒々しく走り回るのとは
正反対です
ルミちゃんと一緒に過ごした私の時間は
一番長いです
2006年8月14日 記
今日はルミの命日
 ルミは1992年4月頃外猫が産んだ4匹の内の1匹でした。ルミの同胞は白毛のオスが2匹とパステル三毛のメス1匹でいつも目がクシャクシャしていました。親猫のいない間に抗生物質の点眼などしましたが、ルミは治りが悪く、膿漏眼で眼球が外に流れ出てしまい失明しました。4匹はすべてルミと共に保護して育てました。白毛のオス2匹は癲癇の重積発作で1年以内に亡くなり、ルミにも癲癇の兆候が出てきました。それ以来2003年の今日まで癲癇の発作と戦いながら生きました。眼は見えなかったけれど、規則正しい食生活をし、小さな頃からトイレを失敗したことは1度もありませんでした。視覚は明暗がわかりました。聴覚が敏感で少しの物音にも反応しました。ルミの面倒をこじろうちゃんという体の弱いオス猫がよく見てくれていました。ルミは10年近く私と一緒に眠っていました。癲癇発作は夜中に何回か起こり、注射をして抑えていました。2000年11月27日には実家の建替えによる騒音のためストレスによる大量吐血で亡くなってしまいそうでしたが、岡谷動物病院に入院し1命をとり止める事ができました。 今ごろルミちゃんは虹の橋の向こうで こじろうちゃんや子供たちと楽しく暮らしていると思います。 眼が見えないで生きていくのは大変なことです。
ルミのアルバムを見ながらあの12年間の暮らしを思い出しています。
ルミの出産
ルミの小さな頃からこじろうは
よく面倒を見ていました

つぶちゃん(右) パトリシアちゃん(左)と
仲良く眠っていたころ
ルミちゃんはアカディ牛乳をよく飲みました

癲癇の薬のフェノバールの影響で便秘がちでした

眼が見えなくても階段の上り下りは難なくできました
ものの位置を正確に覚えて ぶつからないように
注意深く慎重に歩いていました

こじろうちゃんとの間に2匹の子猫が
1993年3月17日に誕生しました
2匹の子猫の面倒をルミとこじろうは
よく見ていました

くまちゃん(右)とも時々寝ていました
穏やかな表情の時は体の調子が良く
体調の悪いときは眉間にしわがより
厳しい顔をしていました
この日は穏やかな顔をしています



2006年7月20日
ヒデ旅立つ
 
ヒデは6月23日朝7時55分に虹の橋を渡りました

3ヶ月前に山梨のyuuさんの所から
連れてきたばかりでした。
まさか心臓が悪くなってしまうなんて
予測できませんでした
 

 ヒデはyuuさんがつけてくれた名前です。yuuさんの里親募集のホームページで見かけてとても気になり引き取ることに決めました。 何度か連絡を取りyuuさんの自宅に伺いました。 yuuさんは自宅に沢山の猫さん達を保護されていて病気の猫さんも何匹か面倒をみています。
 玄関を入ると 小柄なグレートラのミモザ君が駆け寄ってきて足元にスリスリをして スリッパをモミモミしたものですから、ヒデでなくミモザ君を連れてゆこうかと一瞬迷ったほどです。
 ヒデは3階の隔離部屋にいました。白猫屋敷から来た猫たちはわりと人懐こく、片目のカカやバロンも寄って来ました。兄弟も一緒に連れてきてあげたかったけれど、今の私にはこれが精一杯だったのです。
 ヒデは大食漢で、皆の3倍は軽く食べていました。ヒデの育った白猫屋敷では沢山の猫さんがいて思う存分食べることができなかったのかもしれません。そのおかげで今まで食欲の無かったリッチィがヒデと同じように皆のお皿の全てに手(口)をつけるようになり2匹で競争するようによく食べていました。
 ヒデは下痢と耳の汚れがひどかったので獣医さんに連れてゆき、血液検査や便、ウィルスチェックなどを行っいました。FIPもFilvも共に(ー)。検便ではスピロヘータやカン菌、ランブルが見つかりました。免疫が落ちているときに繁殖するらしい。肝機能の数値が高くインターフェロンや内服薬での治療を開始しました。
 ヒデは下痢がひどいため1週間くらいケージの中でお薬や食事を与えていました。下痢はしていても体重はしっかりと増えてゆきました。ヒデは顔つきが変わっているせいか、先住の雌猫たちには無視されていました。
 西友とリッチィは1歳未満でヒデと年齢が近いため一緒に寝たり遊んだりしていました。5月21日にちび猫がきてからは、ちび猫がもっぱらヒデの遊び相手でした。
 ちび猫をヒデ、リッチィ、西友の3匹で追いまわしていました。思い切り走ってはゼコゼコ、ふうふういって休んでいました。いまから思うと、これがそもそも心臓に悪かったのかもしれません。もともと心臓が悪かったかもしれません。
6月18日に友人が遊びに来たとき、テーブルの下でじっとしていて大人しい猫だねと言っていた。そのときに「変だな」とは思ったけれど 2日ほど様子をみていました。
 食欲がなく今まであっという間に平らげていた猫缶も余るばかり。トイレに歩くのがやっとでほとんど動きがみられなくなりました。 今までいろんな猫の病気とかかわってきましたが心臓の病気については思いが及びませんでした。
 6月21日に午後私の仕事が休みだったのでかかり付けの獣医さんにヒデを連れて行って検査してもらいました

顔はぶっちゃぶれていてグレムリンに似ています 横顔は西田敏行です
窓際から いつも外を眺めていました やぶにらみのひで  リッチィと一緒に
ここから外に遊びに来る すずめや野良猫を見てます ケージの中で ねおきのお顔です
洗面器の中で寝ていました 目が大関 あさしお  
ちび猫と走り回って 疲れて寝てしまったヒデ ちび猫の面倒を何故かオスの西友とヒデがみていました
ヒデの血液検査数値6月21日
体温:40,4℃  白血球:3,800  赤血球:507
ヘモグロビン:7,6  ヘマト:24,2
血小板:4.7 総蛋白:7.0  ALT:25
BUN:16  Cre:0.6  Glu:164
CPK:300  
胸部レントゲンの写真で 心臓が異常に肥大していました。私は「助からない」と直感しました。肝臓は3月26日にALT253⇒4月23日136⇒6月21日25ですから
治療の効果がありました。体重も1.9から3.7まで増えたのですから栄養状態は良かったのかも・・・・
 しかしその体重が心機能が落ちていたための浮腫みだったとしたら・・・
 6月21日の診断では 何らかのウィルスが関与した肥大型心筋症ではないかということで、その確定診断をするには骨髄液を採ってウィルスをチェックするというものでした。ヒデは弱っていてとてもその検査に耐えられるとは思えませんでした。 助かる見込みは無いが濃厚な検査と治療を勧めるか、消極的に見守るか選択をしなければなりませんでした。私は迷わず後者を選びました。
 今まで病院で苦しい治療の末亡くなってしまった猫たちの経験から、私は自分のてもとで最後を看取ることを選択しました。 皮下に輸液をしてお薬をもらってヒデを連れて帰って来ました。
6月21日 動けません 獣医さんに行きました 6月22日の夜 紙おむつを敷いて一緒に眠りました
 ヒデは寝ていることが多くほとんど苦しみませんでした。
息を引き取る前に咳きをして胃の中に残っていた苦い薬を吐きました。これは私が21日夜に飲ませたものです。
亡くなってから鼻から輸液が沢山出てきました。尿もある程度もれてきました。最後の治療がヒデの体には負担だったのです。結局心機能が落ちていて輸液は浮腫を増すだけだったのです。 寝ていることの多いヒデがいつのまにか2階の私の部屋に来ていたりして驚きました。
 ヒデは最後の2日間は苦しかったかも知れません。でもいつも過ごした家で仲間に看取られて逝きました。
 ヒデがまだ遊んでくれると まとわりついているちび猫。
6月24日 火葬に行って 蓄霊塔にお参りしました
今まで何度ここに足を運んだことでしょう
晴れた日にヒデは煙になって天国に登ってゆきました



2006年6月21日
わたしはアイドル
5月21日の夕方私は橋原の物置小屋で母さんを探して泣いているところを拾われた。とにかく長い間ないていたのでお腹がすいていた。私を呼び手を差し伸べてくれた人の懐に飛び込んだ。この人は母さんじゃないけど温かくて私は安心した。途中で小鳥の先生のところに寄ってわたしを沢山の仲間のいるお家につれて行ってくれた。私はこのお家がとても気に入った。ミルクをお腹いっぱい飲ませてもらってご飯のまざったお兄ちゃんたちの食べ物を夢中でたべた。お腹がパンパンにはれて何日もなかなかへこまなかったので獣医さんの所にお兄ちゃんたちと一緒に行った。
虫腹でお腹が張っていたみたい。虫下しを飲ませてもらいお家では1週間整腸剤を飲んで今は快腸!
始めのうちはお腹が空いていてジャンプもよじ登りもできなかったけど、いっぱい美味しいものを食べて、すぐにケージから逃げ出すことができるようになった。お姉ちゃん猫やおばあちゃん猫もいるけど、私を特に可愛がってくれるお兄ちゃんが2人できた。
西友兄ちゃんと ヒデ兄ちゃんだ。西友兄ちゃんはとても優しくて顔が汚れるとすぐになめてくれるんだ。
ヒデ兄ちゃんとは 追いかけっこや玉転がしで遊びまわる。
私は今西友兄ちゃんとヒデ兄ちゃんの
アイドルなのだ!
私はもっともっと可愛がられて
美しい猫ちゃんになるのだ!
まだ 私には名前がない
私はフランシスカとくまちゃんの
生まれ変わりと言われている




 仮称 ビーちゃん。無駄吠えをさせないため声帯除去手術をされているらしい。
 散歩などをしてもらったことは無いようで、基本的な訓練もされていない。訓練をして良い里親さんを見つけてあげたいと思っている。
2006年5月11日 記
4月9日ビーグル犬を保護
 4月9日(日)にリッチィとヒデを獣医さんに連れて行った帰り道で♀のビーグル犬を保護してから今日で1ヶ月経った。
 塩嶺峠の下り車線にさしかかったあたりの大きなカーブの反対車線に、次から次へと走り去る車を追いかけて惹かれそうになっているビーグル犬を目にした。「危ない!」・・・私は車を端に止めて走っている車に止まって貰ってビーグルを抱き上げた。途中でホームセンターによって犬の首輪と食べ物を買って帰宅した。
 犬は首輪をしておらず、岡谷警察と塩尻警察および諏訪保健所松本保健所に連絡したがいまだ飼い主からの連絡は無い。岡谷畜産店の情報によると、最近名古屋方面の繁殖業者が不要犬を捨ててゆくらしい。私がビーグルを保護した前日にも、県外からバイクツーリング途中の男性が傷ついた大型犬を目にして、奥さんに車で迎えにきてもらいその犬を保護して治療に連れて行ったとのことである。
 悪質なブリーダーのもとで子宮が飛び出るくらい妊娠・出産を繰り返させられて捨てられる犬猫たちの事を考えると悲しい。動物の命を売りさばく商人を許せない。



2006年5月5日 記
ヒデが来てから45日
 ヒデは大阪のあるおばあさんの飼っていた猫だった。11歳のペルシャ猫を筆頭に38匹にも増えてしまった。
 おばあさんとその家族は 事情があって住んでいた家から追い出されてしまうことになった。期日はせまっていた。
その事を知った「ちびるさん」が山梨のyuuさんに応援を依頼し3月7日から10日にかけて大阪からトラックで山梨に搬送されてきた。
 近親交配で病気や奇形の子も多かったらしい。病気の子のほとんどは現在でもyuuさんの所にとどまって面倒を見てもらっている。 3月22日にyuuさんの家から私の家に来て5月5日で45日が経った。ヒデはいろんな病気があったけれど、沢山食べて元気で毎日遊んでいる。
 白猫屋敷のヒデの兄弟たちのその後は下記の通り
1.カカ 山梨県で保護中   2.ヒデ 里親決定(長野県)
3.すみれ 兵庫県で保護中  4.つばき 山梨県で保護中 腎不全のため里親募集停止
5.なずな 大阪府で来週よりお試し飼育  6.ジダン 兵庫県で保護中
7.デビ 里親決定 (長野県)  8.せり 山梨県で保護中 痩せすぎのため一時募集中止
9.かんな 里親決定(東京都) 10.あやめ 里親決定(東京都)
11.ジーニョ 里親決定(千葉県) 12.ひなこ 山梨県で保護中 食欲不振のため一時募集中止
13.アモン 山梨県で保護中 14.みどり 里親決定(兵庫県)
15.ミミカ 兵庫県で保護中 16.ハコ 里親決定(大阪府)
17.とらじろう 里親決定(東京都) 18.ポワ 埼玉県にてお試し飼育
19.パール 里親決定(三重県) 20.よしえ 大阪府にてお試し飼育
21.ちひろ 埼玉県にてお試し飼育 22.シフォン 里親決定(兵庫県)
23.すずな 里親決定(大阪府) 24.樹里 兵庫県で保護中 唯一野良なので気長に募集
25.バロン 山梨県で風邪症状のため保護中 26.清麻呂 里親決定(京都)
27.カノン 里親決定(大阪府) 28.貴美子 兵庫県で保護中 虚弱体質なので、気長に募集
29.キング 三重県でお試し飼育 30.さゆり 里親決定(大阪府)
31.ミンク 里親決定(三重県) 32.のいぞう 兵庫県で保護中
33.ハヤテ 里親決定(山梨県) 34.カズ 里親決定(山梨県)
35.太郎 山梨県にてお試し飼育 36.セリナ 兵庫県にてお試し飼育
37.まさお 里親決定(山梨県) 38.ふくこ 里親決定(山梨県)
 ヒデはyuuさんがつけてくれた名前。この首輪もyuuさんの家からそのままつけてもらって来た。ちょっとやぶにらみで愛嬌のある顔だ。(西田敏行に横顔が似ている)
 下痢がひどくて3月26日にかかり付けの獣医さんで診てもらった。ランブル鞭毛虫とスピロヘーターが顕微鏡のモニターにたくさん写しだされた。血液検査で肝機能の数値も高かった(ALT253)。Ht25%体重は1.9kg。耳の中はマラセア菌のためジクジクとした耳垢が沢山出ていた。耳ダニの卵もあった。
 3/26 4/2 4/9 4/10 4/11 4/12 4/23 4/29 4/30 と
獣医さんに通い 抗生物質や肝臓の薬 胃腸の薬などで治療していただき 4月23日の検査でALTが136となった。
耳の状態はすっかりよくなり、体重も3.1kgと1ヶ月で2倍に増えた。腸内の細菌叢も改善されたが、下痢は相変わらず続いている。 白猫屋敷にいたときの食べ遅れがきているのか、他の家猫の3倍以上食べ元気に遊ぶ毎日を送っている。
 



 2004年12月頃から具合が悪くなり、ほとんど食べれなくなったフィリップ。その頃一緒に住んでいたギンちゃんとフランシスかも相次いで亡くなった。2005年1月からは猫ちゃんだけの部屋から私の部屋に移して、静養させた。3〜4ヶ月間は獣医さんでもらう栄養食を飲ませ、皮下輸液を毎日していた。一時期は強肝剤も混ぜていました。もうだめかと何度思ったことでしょう。
 何もできないけれど10年近く私のそばで甘えさせてあげられなかった代わりに、これからはせめて一緒に眠ってあげようと、この1年間は毎晩一緒の枕をして眠りました。フィリップは嬉しそうに1時間以上ゴロゴロと喉を鳴らして私に満足感を伝えました。そして何度もじっと私の顔を見ているのです。そして顔を寄せて眠るのです。捨てられたときからずっとずっと この時を待っていたのでしょう。子供の時に得られなかった愛情をいまこの時とばかりに欲しがったのです。 
2006年4月24日 記
フィリップの死
 フィリップは子供の頃から大人しくて 高貴な感じのする猫ちゃんでした。30日の昼頃までは水も飲めたし、トイレまでよろよろと歩くこともできました。
 私にはもう死が近いことが解りました。その晩は紙おむつを寝床の中に敷いて腕枕をしてあげて眠りました。31日の朝には寝返りもできなくなっていましたが、名前を呼ぶと目を少し開いて鳴こうとしました。私は仕事に行き、昼に戻るともうフィリップの息は無く、布団の中で体をのばした状態でほとんど苦しむことなく眠るように横たわっていました。 死を静かに見守り、魂を浄化させると、苦しみも、哀れさも通り越し 穏やかに向かい合うことができるようになります。何度も何度も繰り返してこのように感じることができるようになりました。 死が美しいもののように感じられるようになるのです。 悲しみさえも無い穏やかな世界を感じるのです。 
2006年1月5日 風邪症状が悪化した頃 2006年2月26日 経腸食のほかドライも食べられた頃
2006年3月18日 リッチィと一緒に休む 2006年2月25日 この頃から静かにしている事が多い
2006年3月26日 よろよろと水を飲みにくる 2006年 いつも拭かないとよだれをたらしていた
2006年3月26日 リッチィがいつもそばに寄り添う 2匹ともよだれがすごいです
2006年3月30日夜 もう皮下輸液は止めました 2006年3月30日夜 トイレに行こうとしています
2006年3月30日夜12時近くオムツを敷いてあげました 2006年3月30日12時私と一緒に眠るところです
2006年3月31日12時 体を伸ばして亡くなっていた 2006年3月31日 体を洗ってあげました
2006年4月2日 朝 西友がお別れをしています 2006年4月2日 まだ生きているようなフィリップ
フィリップ ずいぶんとやせてしまったね いよいよ お別れの時が来たね・・・私のこと忘れないで




3月15日のフィリップとリッチィ
この頃は何とか経腸栄養食も自力で飲めていた
よだれはさほどひどくは無かった
目にもまだ力がある
私がいつまでも眠っていると
心配してくれて私の顔を覗き込んで
じっとみつめている
しつこいほどじっとみつめられる

       2006年3月29日
         フィリップの命

        ニューフェイスのヒデ

 2004年の12月から食欲が低下しずっと経腸栄養食をお湯で溶かして飲ませていたフィリップ。昨年夏には犬歯の奥が化膿し白血球が5万を越えた。やっとのこと回復し猫の缶詰めやドライフードも時々食べられるようになっていた。3月に入ってからひどくよだれをたらすようになり、20日からは経腸栄養食も自分では飲めなくなったため私が注射器で飲ませていた。
 昨日の28日まではなんとか強制的に飲ませたが、今日はもう飲んでくれなくなった。夕方ブドウ糖を溶いたお湯を与えるとやっと少し飲んでくれた。皮下に朝晩輸液をいれているが、脱水も激しい。歩くのもフラフラになってしまった。目にももう力が無い。この1年はずっと一緒に眠った。私の枕に一緒に頭を並べて眠り朝になると一緒に起きた。
 昨年末からずっとリッチィ、すみれ、パトリシアの具合が悪くフィリップを入れて病気の猫4匹のことが毎日気がかりだった。この1週間はやがてくるフィリップとの別れに耐えるための1週間だった気がする。
 階段の上り下りも、歩くのもやっとの姿のフィリップ。
明日はその命の灯が消えてしまうかもしれない。でも私は静かに彼を虹の橋に送ってあげることができる。

猫の看護師と呼んでも良いほど病気の子の
面倒を良く見る西友
どんなひどいゆだれや鼻水もきれいになめてくれる
私にはとてもできないし 
他の猫ちゃんも誰も西友のようにはしてくれない
せいちゃんいつもありがとう!

3月25日のリッチィ、ウェンディ、西友、フィリップ
ストーブの前の猫ベッドで固まって寝ている
フィリップはまだ1歳にならない西友よりも
やせてしまっているので小さく感じる

ニューフェイスのヒデ君
22日に山梨のYuuさんのところから
連れてきた 白猫屋敷の子
日曜に獣医さんにかかって耳の治療をしてきた
抗生物質が合わなくてひどい下痢が始まってしまった





仲良し3人組みの女の子
左からリリィパトリシアつぶ
奥のつぶちゃんは どっしりとした体格で
面倒見がとても良い

リリィは脱走と外泊のの常習犯で不良娘
パトリシアはシャイで遠慮がちで地味な性格

下のリッチィとすみれにマウスを当てると
画像が変わります
弱っている時の2匹です
       2006年3月7日 記
          自然治癒力


 リッチィは昨年のクリスマス頃より風邪症状と食欲低下、下痢症状と発熱、結膜炎などの症状が続き、それに対して原因を確かめ、治療をすることができた。それでだいぶ症状が抑えられ良くなったが、ちょっと気が抜けて投薬を2日ほど怠ったら、再び呼吸が悪くなり、良くなりかけた結膜炎がぶりかえしてしまった。それは基礎に猫白血病ウィルス感染症があるためだ。

 同じ頃、パトリシア(左中央)とすみれ(↓)が鼻気管支炎と下痢症状で苦しみ、ほとんど何も食べられない日が20日ほど続いていた。2匹とも避妊手術以外で獣医さんにかかったことが無い。10年近く家の中にいるのだが懐いていないので捕まえてキャリィの中に入れることができないから。それでも動けなくなって固まっているときに皮下輸液だけは数回していた。
 ほとんど何も食べずひたすら丸くなって眠りつづける。体のエネルギー消費を最小限に抑え、体内の免疫力で病気と闘っているのだ。体力の限界まで戦って病原をたたき、打ち勝てば徐々に体力が回復する。2匹とも1月は山場を迎えていた。2月に入ってから食欲が出てきて3月には完全に回復した。薬に頼ればはやく直すことができる簡単な病期でも自然治癒力をまてば2〜3ヶ月はかかる。自然に回復できるとまた一段と丈夫になるような気がする。しかしリッチィのようにウィルス感染症で常時ウィルスと戦っているからだはものすごく微弱になってゆく。リッチィの今後はとても心配。
 

リッチィ

すみれ





ウェンディ(19才)とフィリップ(12才)の間に
はさまって眠るリッチィ6ヶ月
体重は2.07kgでした
11月12日の予防接種の時より
500gの増加でした
病気がちなので、いつも他の猫ちゃんに
寄り添ったり、私のところに
甘えに来ます
2006年2月23日
リッチィ猫白血病ウィルス感染症
 両目の結膜炎と胸の音が悪くなり、昨日思い切ってウィルスチェックに石川犬猫病院に行ってきました。私はFIVの方を予測していたのですが、Felvのほうが(+)に出ました。
 ショックですが覚悟は決まりました。ノアの発症した時は肝臓・腎臓が侵され41度の高熱、食欲不振、黄疸などで2ヶ月苦しみました。ノアの他にも、クロやサチオ、イブサンなども次々と発症していったので、毎日強肝剤の注射やお薬を飲ませたりするのが大変でした。食欲がないので 強制給餌したりしても体重がどんどん落ちて行きました。
 先が見えているので、対処の仕方はわかります。でも辛い病気です。
 病期が長かった割には、血液検査の結果はそれほど悪くなっていなかったので少し安心しました。 肝機能・腎機能・抹消血液の値は正常値の中にあり、アルブミンが1.9と低めでした。
 インターフェロンと抗生物質注射と点眼をしてもらって来ました。




 3匹一緒に元気で眠ったり走りまわっていた頃の写真。リッチィは一番奥でなんとなく引っ込みじあんですね。体格も一番小さかったのかな。
顔つきもちょっとブスで、里親さんが来たときも自己アピールが下手でした。他の子はすりすりゴロゴロ。黒いココちゃんだけは一度様子を見に行ったことがありますが、まるで自分も人間の子と思っているみたいに、その家の3兄弟と元気にはしゃぎまわっていました。もうだいぶ大きくなったことでしょう。一番弱い子が手元に残ってよかったと思います。休日はほとんど病気の子の看病に明け暮れています。年中無休状態。
2006年2月22日記
弱い子 丈夫な子
リッチィ・ココ・クウー
 この3匹は家の前に故意に捨てられていた子達。今までも何度かこのようなことはありましたが、2〜3ヶ月の大きさの子は初めてでした。里親を募集したのも初めて。可愛い盛りですが、母親の免疫もこの頃から切れてくるのでしょう。リッチィ(奥のこ)は2度目の3種混合予防接種をした昨年11月12日直後からビ気管支炎が悪化し長引き、クリスマス頃には呼吸困難に陥り、何とか命拾いしましたが、1月半ばに腸炎を併発し、食欲が減退し、体重は減る一方でした。
 断続的に皮下輸液で水分とビタミンだけは補給し、経腸栄養食を注射器で飲ませていました。17日頃からは下痢も止まり、ムース状の猫缶を食べるようになりました。でも15日から右目が結膜炎になり、(おそらく仲の良い子猫の西友の爪が原因)今両目が結膜炎です。ウィルスチェックはしてありませんが、私の家の猫から何らかのウィルス感染をしたか、あるいは母子感染でもらっているのかのどちらかです。パトリシアがひどい鼻気管支炎に感染していて2ヶ月近い間わずらっていましたので、パトリシアから移った可能性が大です。
 もらわれていったココやクウーは丈夫でいるようです。小さなころからなんとなく元気な子とそうでない子はわかります。
ココとクウー リッチィとココ。リッチィの眉毛のところの模様がひょうきん

リッチィ・ココ・クウー・西友で
仲良くごはんタイム
子猫の行動はいつもいっしょ
可愛いココ




2006年2月13日記
ナナの消息
 昨年10月28日に外に出てしまって以来一度も近くに姿を見せてくれなかったナナ
 交通事故で亡くなってしまったと思っていたが、Pホテルの脇で野良猫にえさをあげに来ている女性から 昨年からナナらしき三毛がえさを食べに来ていると話を聞いた。
 何度かえさを持ってPホテルに通って1月19日についにナナを発見。
 この凍てつく寒さの中、いったいどこをネグラにして暮らして、どこで寒さをしのいでいるのだろう。

ナナどこで暮らしているの?
仲間はいるの?
私の家での暮らしを
思い出して戻って来てほしい

 1999年3月5日に野良猫ファミリィの一家のナナを捕まえて来て、2度脱走、あきらめずにまた捕まえて、2005年10月28日まで外に出すことなく家の中だけで暮らさせた。野良猫時代に2度出産して、脱走した後妊娠し出産。 気がとても強く避妊手術を躊躇してしまったのが後悔される。
 ナナのお腹が大きくなっていた。もうじき出産の時期を迎える。この寒い空のした子育てをしなければならないナナ。
 何度かキャリィケースを持って捕獲に通うが、この場所では私の自由が利かない。
 人目にもつく。ここでえさをくれる人がいなかったら、きっとナナは私の所にもどっていたはず。 せめて避妊手術を済ませていたらと悔やまれる。


フェーイ、、ジャマなこの首輪はやくとって 2006年1月22日(日)記
SEUYU君 中性化手術終了
 昨年9月に岡谷駅裏のSEIYUで保護した子猫の西友も、早くに発情が来て、昨年のクリスマス頃から、弟分のリッチィーをかまうようになりました。
 リッチィーは風邪をこじらせていて呼吸困難になっているというのに、西友はお構いなしにリッチィの首に噛み付いていました。
 少し早めですが去勢手術をしていただくことにしました。予防接種をしていただいた石川犬猫病院さんに1月7日に前日入院であずかっていただき、翌日手術で引き取りにゆきました。
西友とリッチィー  担当の先生のお話では、「西友君は右側の睾丸が皮膚に癒着していたため、オペの傷が大きくなっているので包帯を厳重にしてあり、なめないようにエリザベスカラーをつけて様子見るように」とのことでした。
 カラーは4日間装着していました。首輪でさえ嫌がってはずしてしまう西友が大人しくカラーをつけているわけありません。 食事の時とちょっとした遊び時間にはカラーをはずしてあげました。
 オペ1週間後には通常は抜糸できるのですが、11日に一度包帯交換に行き傷のチェックをしていただき、14日に半分抜糸、21日に残りを抜糸して終了となりました。 やっと一安心できます。いたずら好きで元気なところは前となんら変わりありませんが、リッチィをかまわなくなりました。




2005年11月頃のおさむ
毎日綿棒でお掃除していたけれど
すぐに汚れて来ました
夏の暑い盛りなどは本当に
その量が多くて臭くて手をやいていました
耳のせいで、いつも不機嫌そうな顔です
2006年1月12日 記
おさむ君の耳から石が・・・・
 
 昨年12月17日に左の耳の中が化膿してすごい臭いがするようになり、諏訪のユミ・ペットクリニックさんで診てもらいました。
 おさむくんは横浜から連れてきた頃、すでに耳の病気がありました。 いつも両耳の中が茶色のひつこい耳垢で汚れていました。綿棒で掃除をしてもすぐに耳垢がでてきて汚れてしまうのです。最初に見ていただいた獣医さんからは納豆菌の一種がすみついているためひどい粘調整耳垢がたまるのだといって軟膏を出してくれました。
 しばらく軟膏を点耳していましたが、効果がなく、他の獣医さんにもかかっていろんな検査をし軟膏とお薬をもらいましたが、私も治療を断続的にしていたので、結局12年間治りませんでした。
 ユミペットさんではいろんな検査や注射はしませんでしたが、さらりとした液を流し込んでは、みみの付け根を揉み何度も何度も長い綿棒で奥の方までお掃除をしてくれました。 治療代は本当に安くて助かりました。
 多分血液検査などしたら 白血球の数値が恐ろしく高く出たでしょうし、他の病院でしたら、入院か毎日の通院をすすめられたと思います。 その日は点耳薬と抗生剤をもらって来て1週間後再び治療に行きました。

耳をグリグリされて緊張しているおさむ。耳がすっきりして、ほっとしている。先生と、出てきた石と一緒に記念撮影。これからは音が良く聞こえるね。良かったね おさむくん
 その時左耳から出てきたのが、直径1cmの石。
 先生は最初腫瘍かなと思ったそうです。これが貼りついていて、耳穴を圧迫していって外耳炎を起こしていたのです。私は中耳炎でもひどくして鼓膜を損傷したり敗血症にでもなったら大変だと心配していました。
 28日にもう一度通院して処置をしてもらい、今はとてもきれいな耳に戻りました。



     リッチィ(左)とフィリップ(右)
2匹はいつも私の布団に潜って寝ています。かわるがわる 出たり入ったりゴロゴロのどを鳴らしたりハックショーンをするので私は寝不足気味・・・・
     A HAPPY NEW YEAR 
    The Youngest Cat whose
          name is
           Richie

 リッチーは去年11月の3種混合予防接種後から鼻気管支炎が続いています。
 12月3日に獣医さんで抗生物質をもらい10日間服用してよくなりかけたのですが,このところの寒さで風邪を悪化させたパトリシアのウィルスをまたもらってしまったようです。
 クリスマス過ぎから食事がとれなくなりました。皮下輸液をと31日からは 部屋の加湿をして少し呼吸状態がよくなりました。
 早くまた元のようにたくさんごはんが食べられるようになってくれたら安心です
今年もみんな仲良く健康で過ごせますように