Recode of Daily Cat's Life

 2005
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2005年12月

2005 X'mas
ナナが帰って来ることを祈って
今年最後の日記です

ルナジューンを訪問してくださっている皆さんと
皆さんのご家族(猫ちゃんたち)が
穏やかで健やかな新年を迎えられますように!
 私が今まで出会った三毛縞猫はこの子で4匹目です
みなナナと呼んでいます。この子は近所のお肉屋さんの横の物置の中で産まれ育っていました。1997年のことです。同期に黒色の子が2匹いましたが1匹はひどい下痢でやせていて、そのうちに姿が見えなくなってしまいました。
 この子のお母さんも三毛縞猫で、おばさんと見られるメス猫も三毛縞猫です。
 この子とその家族全員を保護(捕獲)するまでに1年以上の歳月を要しました。その間にこのナナは一度出産しています。1998年から1999年にかけて保護していったわけですが、毎晩人目につかないように夜10時ころキャリィと洗濯ネットと少しの餌を持って出かけ、キャリィの中に餌入れを入れその中に入って餌を食べるように慣らして1匹ずつ捕まえてきました。2005年4月3日の日記にも少し書いてありますので重複する記述があると思います。 ナナは私の不注意でこの10月28日に外に出てしまい、その後2度と今日まで姿を見ていません。
 毎日毎日帰ってくるように祈っているのですが。

おすまし顔のナナ ナナはきつい性格でほとんどなれていません。猫屋敷のYuuさんの言葉を借りれば フゥー、シャァー、ピシャッとお返事します。 そんな子でも私にとってみれば、可愛いのいです。
 ナナは私の所にきてから2度脱走してしまい、2度目には妊娠していました。外暮らしの時に産まれたのが右の写真のタバ(♂)とパトリシア(♀)です。 タバとパトリシアは肉屋さんの物置の中で素手で捕まえて来て、1ヶ月間は私の部屋にケージを置いてその中で慣らしました。
 タバは男の子だったのでものすごく力があり、発情が早く来て、半年くらい一緒に暮らした後、脱走してしまいその後は消息がわかりませんでしたが、昨年野良としてたくましく生きていることがわかりました。
 パトリシアは避妊手術をして今でも私の所で過ごしています。でもあまり慣れていません。なんと言ってもこのナナの子ですから。
    タバ(左)とパトリシア(右)
 ナナが脱走後妊娠していて知らぬ間に子供を産んで必死で私からわからないように流し台の中に引き出しの方から潜ってしばらく子育てしていました。
 生後2週間くらいの子猫になってやっと私がきずいてケージの中に入れてみますと、ナナのお母さんがいっしょうけんめいに孫のこもりをするのです。
 これは物置の中で行われていたように母子で共同保育をしていたことになります。
 ナナのおばさん(おばあちゃん)は御寿司屋さんに可愛がられていて、いつも御寿司のあまりを外でもらっていましたが、ある雨の日お店の入り口で弱っているところを連れてきました。ナナのおばあさんは人なれしていたので、猫部屋でなく実家と私の家と外を亡くなるまで自由に行き来していました。
 

ナナ(上)とナナのお母さん(下)と赤ちゃん

私から赤ちゃんを隠そうと必死のナナ

左からキャロル、ドナルド、ルナジューン
ルリカ みなすやすや眠っています

ナナのおばさんあるいはおばあさんかもしれません(手前左下) 2001年5月23日慢性気管支炎の悪化で亡くなりました。右のナナの母親も2001年4月15日に腹部が以上に膨らんで亡くなりました。

おばあちゃんと一緒 あったかいな!

ひいおばあちゃんのそばって い・い・な!
 左はナナのおばあさんがかなり大きくなったナナの子供たちのこもりをしています。
 結構大きくなってもこんな風に甘えてべったりくっついています。ナナの母もおばあちゃんも捕まえてから避妊手術をしたので、子供たちがいくら吸い付いていても、お乳は出ていません。 
 左からドナルド、キャロル、ルリカがいますが、ルナジューンはこの頃目の手術を受けていて別に暮らしていました。
 この子達のうち今生きているのはキャロルだけとなってしまいました。少し大きくなると皆で外に出て遊ぶようになりました。
 皆交通事故で亡くなってしまいました。




2005年10月

 
 10月はずっと 捨てられていた子猫にかかわる時間が多かったので ほとんどこのページの更新はできませんでした。 11月はじめににココちゃんが里親さんにもらわれて行き、翌週にはクーちゃんがもらわれて行きました。 今まで出会ったり保護した子たちは皆私が面倒を見てきました。里親募集をしたのは初めてでした。 良い里親さんに出会えなかったら・・と心配の毎日でした。
 新聞に広告を出してもすぐには連絡が来ませんでした。 不安を感じるかたからの申し出は丁寧に断らせていただきました。 あきらめかけていた時に、しかも大雨の日の夜に連絡があり、ご家族皆で猫ちゃんに会いに来ていただけたときには感激しました。 
 こげ茶のトラ猫ちゃん2匹が2度目の予防接種を終えた頃、里親さんになりたいと申し出て諏訪から訪ねて来てくださった親子さんは、チェルトの森にある「トマトの会」(犬猫の避妊手術の援助をしている会)に猫ちゃんを見に行った帰りに寄ってくれました。2匹をかわるがわるお母さんと一緒に抱っこしたり、 他の家の大人猫と遊んだりして、2時間くらい家で過ごした後、元気なほうのトラ猫ちゃんを家族の一員として迎えてくれました。
 
 最初この3匹には エミールという名をつけていました。 今はそれぞれココちゃん、クーちゃん、もう一匹にはリッチーという新しい名前をわたしがつけました。 リッチーは1回目の予防接種のあとから、鼻気管支炎が悪化して現在も私のもとで治療中です。治療といってもお薬で治すのではなく、注射のインターフェロンを使うのでもなく(獣医さんは勧めてくれましたが)、栄養をつけて気長に免疫力をあげて、自然に直す方法です。  またしっかり体力がついたら 里親さんを探してみようかと思っています。
 最近届いたココちゃんのお母さんからのお手紙を紹介します。
   お手紙より
 「先日は可愛いココをありがとうございました。また、お写真やらカレンダーなどをいただき、
喜んで使わせていただきたいと思います。 ココが我が家にきてから。たちまちアイドルになってしまいました。 子供達は、何年も前から猫が飼いたいと言っていました。 家の近くを猫が通ると、ベランダから見えなくなるまで見ていたり、本当に猫が好きな様でした。
 そんな子供だったので、ココの可愛がりようはすごいです。餌やりはもちろん、トイレの片つけ、薬、ミルクといっしょうけんめい世話をしています。 学校から帰って来ても、第一声は「ココは?」。
みんなで外出しても、「ココが心配だから早く帰ろう!」と言い出します。本当に可愛い弟ができたという感じです。 ココはもうすっかり家族の一員です。」


僕たち優しいお父さんやお母さんがほしいな
 10月17日(月)朝に家の玄関前に果物の箱に入れられて黒白の子猫が捨てられていました。
 19日(水)の朝には 近所の妊婦さんが家の階段のところに子猫がいるが、どうしたらよいかと相談にきました。
 とにかく保護して、飼っていただけるかたを探してみようと思いました。
 生後2ヶ月くらいで人によく懐いています。3匹はオスで体重は1.3kgくらいです。離乳はできているようですが、黒白はまだミルクを飲んでいます。可愛い声で鳴きます。 
 とても元気な子供たちで、よく食べて元気で遊んでいます。22日(土)に村井の石川犬猫病院で3種ワクチンを接種してきました。11月12日には2回目のワクチン接種が済みました。

家族の一員として最後まで責任を持ってお付き合いくださる方とのご縁を願っています。

2匹で一緒にいると よく似ています
左の子は両手が白く顔がまん丸です
右の子は左手が白くやや細身
左手の方が白い男の子
この子は11月15日夜に諏訪市湖南にお住いの
小学校6年生の男の子のいるおうちに
もらわれて行きました。
ずっと猫ちゃんを飼われていて、昨日交通事故で
クウちゃんという猫を亡くされたばかりなのですって
「優しいお母さんやお兄ちゃんができて幸せ!」
名前はクウちゃんになる予定です。
両手が同じ幅だけ白い男の子

11月12日に2回目の予防接種をしたのですが
くしゃみ鼻水がひどくて療養中です
今日15日から、なかの良かった左の子と
離れ離れになって少し寂しそうですが
すぐに慣れることでしょう
早く風邪を治して幸せにならなくちゃね!
正面から
この子は11月6日に市内の優しい里親さんの元に
引き取られてゆきました。3人の男のお子さんのいる暖かなご家庭です。末っ子として大切にしてくださるとの事です。 幸せにね!
 名前はCoCo(ココ)ちゃんとなったそうです。
横向き
CoCoはお兄ちゃんたちとはしゃぎまわって
元気に遊んでいました。もう私の家にいたことは
遠い昔の話になってしまったかのように・・・
   H17年11月15日 記
おひげと両手両足が白い ベルベットのような柔らかな毛をしています


 9月1日に岡谷駅浦の西友のゴミ置き場で保護した子です。
保護当時は体重は1.2kgでしたが 今は1.8kgくらいあります。
 最初は体が弱かったのですが何度か獣医さんに通い丈夫になりました。3種混合ワクチンは2回接種済です。
 西友君は 一人で自分の尻尾で遊ぶのが好きです。
 上の子たちに比べると あまり鳴きません。



2005年9月


2005年9月30日
   リリィご帰還・ジパンの血尿


 心配していたリリィが約3週間のジプシー生活を終えて29日朝に家の中に自分から入って来た。私が子猫の西友を優先しているのでそのことが気に入らないのかもしれない。外ではケテオちゃんと行動を共にしていた事は確か。
 ナナはちゃんと帰って来れるだろうか?猫たまりから強制的に捕まえてきて7年間も家の中だけで暮らしていた。外の様子はその頃とは少し違っている。浦島太郎のような感じがしているに違いない。ナナが帰ってくるまで毎日心配で気が休まらない。
 このところ血尿がおさまっていたジパンシーはまた血尿が多量に出るようになってしまった。食事だけでコントロールできるわけがないが、昨年暮れから増悪と寛解を1〜2ヶ月おきに繰り返している。 今回は今までにもまして血尿の量が多い。貧血は進んでいると思うが、しっかりと食べて何とか生きている。 生命力のあるコだなと思う。 
 →は童画館通りのお店に咲いている朝顔・・こんなに遅くまで咲いている。 青色が新鮮に感じた。


2005年9月28日
    西友 リリィ ナナ


 西友は日1日と大きくなってゆく。3種予防接種後から 予防したはずの気管支炎になって咳が続いている。10月1日の追加予防接種はどうしようか迷っている。おとなしい大人猫のフィリップは、西友の格好の噛付き相手。  右は迷惑そうなフィリップ。↓は西友と一緒に見たヴィデオ。→↓共マウスをあてると画像が変わります。
 リリィは9月12日から帰って来なくなって、20日と24日の朝7時にケテオ君と姿を見せて、食べ物もあまり食べずに、去ってしまった。日に日に寒くなるから心配でたまらない。
 そして、今夜の餌やリの時、ナナ(ルナジューンの母)をちょっとした油断から外に出してしまった。
明日の朝までに部屋に運良く戻ってくれたらと願う。  心配が尽きない september。
 フィリップに噛付いて遊ぶ西友くん
9月28日夜外に逃げ出したナナ


2005年9月16日
     捨て猫トリオ・隣のお庭
先週 西友を獣医さんに連れて行ったとき待合室で偶然にも捨て猫を拾ったかたと居合わせました。 獣医さんの近くに住む若い女性は崖のところで泣きつづけている子猫を前日の晩に拾って獣医さんからミルクをもらって飲ませ始めたばかりと言っていました。生後1ヶ月以内の離乳が始まりかけた頃のこげ茶トラのちびちゃん。すぐに診察に呼ばれてしまったので写真は撮れませんでした。寒い夜捨てられて目がくしゃくしゃでした。いっぱいミルクをもらって丈夫になってね!

 だんなさんと来られていた若いカップルは静岡から2回目の予防注射に来られたとの事。奥さんの実家のある塩尻にお盆の時にお墓参りに来て
出会ったとの事。名前は「大吉」君。そして私の西友。皆幸せになろうね・捨て猫トリオ。
隣の家の玄関を彩るお花 朝顔が雑草に絡まっています自然に任せてのびのびと育っています。
静岡の大吉 西友


2005年9月15日
   西友デビュー・白黒八割れ猫ちゃんたち 

 9月1日(木)午後 西友に買い物に出かけた。
お店に入る前にゴミ置き場から1匹の子猫が走ってきて1台の車の下にもぐってしまった。 もう飼わないと思っていた心が動いた。かつて飼ったピーターに似ていたから。
 車の下を覗き込んで「ちびちゃん〜」と呼んでいると、車の持ち主の若い男性が「これ俺の車です」と言って、サンドウィッチでおびき寄せてくれて、首をつかむことができた。
 その男性からスーパーの袋をもらって、そのコネコを袋の中にいれて帰宅。  名前も知らない親切な若者に感謝します。
 子猫はとても飢えていてネコ缶を一気に食べてしまいました。
 子猫の体チェックで虱にたかられている事がわかり、夜シャンプーしてケージの中で眠ってもらいました。
 とりあえず名前は「西友」。翌日獣医さんで虱落しの注射とネコ回虫の駆虫薬を飲ませてもらいました。あっというまにもう2週間がたってしまいました。先週ワクチン接種と2回目の虱落し注射と駆虫薬が済みました。 前にいた似ているな・と思った猫の写真と比較してみました。微妙に違う。 善光寺のお土産が一番近いかも。
フィリップは先週包帯が取れて右頬の切開した傷も治りました。本当は輸血も進められたのですが、お断りして、自然の経過に任せようと思っています。マウスをのせてください。

 ↓のウェンディおばあちゃんとの年の差18歳。ウェンディといっしょに育ったピーターのことを彼女は思い出しているのかな・・・・
白黒八割れネコちゃん 善光寺のお土産
レオ(後ろ)とピーター(前) イブサン(上) ジパン(左下)チャールズ(右下)


2005年8月

2005年8月31日
     フィリップ治療経過とkiss of fire
 フィリップの処置を受ける為27日(土)から毎日高速で獣医さんに通っています。今日で5日目なのでちょっと疲れてしまいました。  はお盆の頃のフィリップ・・痩せていて鼻水ぐしゅぐしゅでしたが元気でした。は獣医さんに行く前日のようす。左目の下が腫れています。熱が40度3分あり膿が溜まっていました。右下は切開排膿後にガーゼドレーンを入れて粘着包帯で保護しています。涙がぽろぽろ。

 獣医さんではとても静かで、痛い注射や処置の時も我慢強く、じっとしていて誉められます。特別なしつけはしてありませんが、不思議なくらい人間の言葉がわかるような顔つきをしています。

 8月最期の日記なのでパッと諏訪湖花火も入れました。岡谷側の湖畔から普通のカメラで撮った写真ですマウスをあてるとフィリップも花火も変わります。
目の下が腫れている こすりすぎて結膜炎になってしまった
8月16日はまだ大丈夫 8月28日処置後ねずみ小僧になりました
花火最期のクライマックス どっか〜ん



2005年8月28日(日)
      フィリップ獣医さんに行く

 20日頃からフィリップの左目の結膜が腫れてきたので自己流に治療していた。抗生物質を飲ませ、目薬を点眼して治ると思っていたが、金曜に腫れがひどくなって、ほほの下が金魚のランチュウのようになって、目が開けられなくなってしまった。化膿して皮膚が黒ずんできた。 歯が原因かな?と気付いた。
 2〜3日迷ったが、土曜(27)日午後かかりつけの石川犬猫病院に連れてゆき診てもらった。
 腫瘍・ウィルス・化膿巣・・いろんな疑いで血液、病理細胞診、X線検査等を受けた。WBC5万↑HT25 ・・・肝臓と腎臓の数値は正常だった。  ウィルスは猫エイズ・猫白血病ともに陰性。 細胞診では好中球がほとんどで癌細胞は無し。
 処置は 頬の下を切開して大量の膿を排泄しイソジン消毒で傷の中を消毒しガーゼ保護。
 脱水補正の皮下輸液と抗生物質の筋肉注射。毎日ガーゼ交換に通う事になった。 今日日曜日は午前中に処置をしてもらった。 今日一緒に待っていた人は信州新町から1時間半かけてここまで猫ちゃんを連れてきているとの事。
 
キササゲの花
はキササゲの花が咲いた7月の画像
座布団が飛んでいるようです。残念ながら 私は飛んでいるところを見逃してしまいました。 パラグライダーのようです。
木の葉やどんぐりなどを食べるそうです。葉っぱを食べた後は葉っぱが独特の形になっています。
 27日(土)夜は獣医さんから帰ってから諏訪野鳥の会の観察会で、諏訪大社上社に住むムササビを見にいってきました。
 夜の神社は一人では絶対に歩けないです。
 赤いセロハン紙を懐中電灯に輪ゴムでとめて、むささびを刺激しないようにします。最初の数十分は鳴き声も聞こえず、姿も見えずでしたが、斜めに倒れている木の途中に発見。 木の上に少しずつ移動してゆくのを皆で観察しました。写真が取れなかったので山梨の都留小学校からお借りして左に載せました。 大社の後ろには広大な原生林が広がっているので、ここのムササビは近親的な交配が避けられるようです。 ムササビの赤ちゃんが見られるサイトはコチラ



       2005年8月26日(金)
         リリィと猫ちゃんの門限

 先週はリリィが21日から25日までずっとかえって来なかった為心配で眠れなかった。ケテオちゃんは23日・24日と顔を出したのに、一緒に来るはずのリリィがいないので、近所の人に聞いたり、清掃工場に問い合わせしたり。家にいる仲良しのつぶちゃんやパトリシアに「何か知らない? リリィちゃんこのごろ変わったことあったの?」とか聞いてみたけれど、誰も答えてはくれない。
 あきらめていたら なんと25日につぶちゃんが連れて来た。誰かから食べ物をもらっていたらしく、お腹も減らしていなかった。とにかく無事でよかったけれど、人騒がせなリリィ。
 外に遊びに行く事が大好き。網戸を自分で開けて皆の先頭に立って出かけてしまうリリィ。どこに遊びにいってもいいけれど夜になる前に帰ってきて欲しい。猫ちゃんの門限は夜8時ですから。
 は家と石垣の隙間に成長しているキササゲの木


         2005年8月16日(火)
          フィリップと朝顔

 フィリップは相変わらず経腸栄養食(溶かすとミルクになる)が主食で、たまに体調が良くて気がむいた時に自分からドライフードとか猫缶を食べるのを見かける。3月ころは猫缶などを食べると消化不良便になって出てしまったが、最近は腸の調子も良いみたいである。
 鼻水はだらだらと出て、一晩寝ると、鼻水が体温で乾き朝になるとつまってしまう。朝晩の顔拭きは欠かせない。
 体は痩せていて2kgくらいしかないけれど、何とか7ヶ月頑張れた. 朝になると咲いている朝顔みたいな生命力。この分ならなんとか年末まで頑張れるだろう。
 亡くなった患者さんのYさんから一昨年いただいた朝顔の種・・今年もこんなに綺麗に咲きました。
フィリップとパトリシア7月 左眼は結膜炎で腫れている
白いフェンスを利用して上手に絡まる フィリップとチャールズ5月



     2005年8月10日(水)快晴
         リリィと百合の里
 リリィーは最近外泊で朝帰りが多くなった。他のコ達は2〜3時間も外に出てくると満足するらしく、近くで遊んで帰って来るので心配ないのだけれど、リリィーは500Mくらい離れたPホテルの方までとおっ走りするので、車にはねられわしないかと、心配で眠れない。は外泊3日目に朝帰りして水を美味しそうに飲むリリィー。
 毛艶がとても良く、細身の美人猫だと思うのだけれど、写真を撮るときいつも目をつむってしまう事が多い。

 は8月7日に訪れた富士見町の「百合の里」。時間が無くてたった15分ほどの短い間でしたが、綺麗な色とりどりの百合にとても心が満たされました。
百合の中に青い桔梗が映える
向こうに見えるのはヤナギラン
体型の美しいリリィー 一面に咲く百合・・天国みたい


        2005年8月2日(火)
      ケテポツちゃんとケテオくん
 変な名前・・・本名は2匹ともケティと言うのだが、わかり易いように変えた。↓はケテポツ。H7年に私の家周辺に6〜7ケ月位で捨てられた。耳ダニを初めて見たのもこのコが初めてだった。1ヶ月以上かかって治療し耳ダニの退治をしその後避妊手術をした。このときかなりの腹水が溜まっていたとの事だった。
3年目に自ら今の飼い主(近所の食堂)の4女となるべく押しかけ、幼女縁組をした。私の家では耳ダニの治療ですっかり懲りてしまったらしい。顔の近くに手をやると必ず引っ掻くか、かみつくので皆で「噛ツキガメ」と呼んでいた。  食堂の奥さんや娘さん達やお客さんに可愛がられ今ではお嬢様の裕福な生活を楽しんでマイペースで暮らしている。  名前はもちろんケティちゃんと呼ばれている。
 ケティは「赤毛のアン」に登場するアンの友達の名前。
 ケティは捨てられて悲しい思いをしたせいか、幸せな生活を送っている今でも どことなく悲しそうな目をしている。
 ↓ケテオくんは5年前位にどこからともなくやってきて、実家を壊すときにやむなく外で飼っていたミッキィのごはんを分けてもらって食べてゆくようになった。
 今年になってから2ヶ月くらい顔を見ないことも珍しくなくなった。Pホテルのベンチのところに餌をたくさん持ってきてくれるおばさんからシロちゃんと呼ばれて可愛がってもらっていることもわかった。
 Pホテルの餌場には、うちの家出したクックちゃんやクロリィーちゃんやタバちゃんも行っていた。そしてなんとリリィちゃんまでも。・・・・
 リリィはケテオくんについて行ってしまう。ケテオはリリィに外の生活の仕方を教えているのかも。
 ←のケテポツに比べると、外での生活の大変さがにじみ出ている。 小さな頃から苦労して育ってきたんだろうな。人間に甘えることを知らないケテオくん。お腹が空いたり具合が悪いときはいつでもここにおいで。汚いから、病気だからと言って差別はしないから。 



2005年7月

    2005年7月27日(水)

 心配していたリリィーは、今朝6時に無事もどってきました。昨夜は台風のために一晩中雨が激しく降っていました。5日間、どこで過ごしていたのでしょう。
 部屋に入ってくると、いつも一緒に眠っているつぶちゃんとパトレシアちゃんに鼻をくっつけて挨拶したあと、しっかりごはんを食べてぐっすり眠ってしまいました。


    2005年7月25日(月)晴れ
         リリィーとユリエ
 23日朝リリィーとチャールズが外に出てゆきチャールズは昨日おなかがすいてご帰還。
 リリィーは今日になっても帰らないため清掃工場に問い合わせしたところ、該当する猫の持ち込みは無かったとのこと。 もともと外で暮らしていたので、家の中でじっとしている事がきらいな女の子。 早く帰ってきてね!

 リリィーが黒百合ならユリエは白百合のイメージ。 
 ユリエは1991年5月に他の同胞の3匹(ミッキー、サツキ、すみれ)とともに保護し育てた。ブルーの目がとても綺麗で、見つめられると引き込まれた。2002年12月29日にFIPの悪化で亡くなった。青い目のほか尻尾が私の不注意で一箇所ぐるりと毛がとれてはげてしまった。
 椅子についているローラーの輪でユリエの尻尾を轢いてしまいケガをさせてしまったから。

 ユリの真っ盛りの今、リリィーを探しユリエの思い出に浸る。 ユリエの同胞の仔達も今は全員天国にいる。
ペンギンハウスをつぶして上にのっているリリィー 200年9月18日ユリエ 後ろにいるのはカトリーヌちゃん
ごたっぺリリィー まつげが長くて本物はもっと可愛い ユリエちゃんはやはり気品がある



     2005年7月20日(水)
      毛虫 と ヤマガラ

 家のアジサイの葉っぱにチビ虫発見
沢山食べて大きくなるんだよ!マウスをあてると蝶になります。でもこの毛虫と蝶の関係は?です。たまたま毛虫の写真をとっていたらシジミ蝶がやってきて葉っぱにとまりました。
 は先週林先生から見せていただいたヤマガラの写真です。これは幼鳥なので保護色で胸色が地味ですが、成鳥になるときれいな赤茶色になるそうです。右下の写真をクリックすると裏側の羽に変わります。

嬉しくて思い切り飛んだのでしょう
生きていれば広い森を自由にとべたのに
先生のところで 剥製になります

雨覆いの羽が付いています。透き通ってとんぼの羽のように綺麗でした



       2005年7月16日(土)
        カワラヒワの幼鳥保護
 6月から7月にかけて小鳥達の巣立ちのシーズンとなっているようで、毎日毎日小鳥の親と子ども達の独り立ちのためのトレーニングが続いている気配がします。親も子も生きてゆく為の必死の訓練です。大きな声(囀りとは違う)でお互いに呼び合っています。
 7月7日(木)の4時頃、綺麗な響きわたる小鳥の声が30分以上していたので仕事中に外にでて見渡すと、小さな小鳥がコンクリートの上でうづくまってないていました。車にひかれたり、猫にとられてはいけないと判断し、一旦部屋に入れて様子を見ました。ずっとないていたので喉が渇いているのではないかとお水をのませました。 餌の虫は・・とか どこにおいて置こうとか頭の中はパニック。私のところには猫がいて危ない!

  マウスをあてると 振り返ります
ほほのところに赤ちゃんの綿毛が
生えています
 
 お隣の家の奥さんが野ばとに餌を上げているのを知っていたので、とりあえず暫くあずかってもらいました。そしたら、この小鳥は朝からこの家の周りの木々を母鳥と一緒に移動していたのを見て気がついていたそうでした。まさかその小鳥を私が連れてくるなんて夢にも思わなかったことでしょう。

 手のひらで包み込むように渡して、2時間後、様子を聞きにゆきました。 奥さんは小鳥に大きめのザルをかぶして庭木のしたに置いてくれたそうです。 母鳥がそばに来て、お互いに呼び合ったので、ザルをとってあげたら、庭で母と子が抱き合うようにして喜んでいるようなシーンをみたそうです。
 まだしっかりと飛べないので、少しずつ少しずつ木の枝の高い方に誘導していって屋敷内から遠ざかっていったそうです。
 今日この小鳥の写真を塩嶺小鳥の森に持参して、林先生に見てもらったら、カワラヒワの幼鳥とのことでした。
 このくらいの幼鳥の羽根はまだしっかりと固まっていなくて、羽根の芯に血液が流れているそうです。この時期に羽根をいためてしまうと飛ぶことができなくなってしまいます。
 今日塩嶺閣の入り口のドアにぶつかって即死してしまったというヤマガラの幼鳥をみせてくれました。私の保護したカワラヒワよりほんの一回り大きい幼鳥でしたので、羽根や尾も少しばかりしっかりしていました。 せっかくここまで大きくなったのに残念な事です。傍で見ていた母鳥や兄弟たちも切ないでしょう。ヤマガラの羽根を広げて観察したら、トンボの羽のように透き通っていて、きれいに扇子のようにひろがりました。
 カワラヒワは足の骨が弱いとの事。手で持つときに怪我をさせなくてよかったとあらためて思いました。
 帰りにはルリタテハ蝶が羽を広げて塩嶺閣の外で待っていてくれました。綺麗な羽色に感激!
 


    2005年7月12日(火)
      クロちゃんの死
 10日の日記に書いたクロちゃんは金曜日に具合の悪いことに気が付いたが、日曜にお刺身を少し食べ、月曜にはフィリップの飲んでいる経腸流動食をなめ、水の入った器を傍に持っていってあげると、ふらついた体をやっとの思いで支えながら沢山水を飲んでいた。11日からはトイレに歩いてゆく力が無くなった。
 
 12日の夜仕事が終わって、猫ちゃんたちの食事の世話をしたあと、呼ぶとわずかに頭を上げ、返事をする力だけの残ったくろちゃんを自分の部屋に連れてきて、一緒に添い寝をして頭や体をなでてあげたりしながら過ごした。 2時間後の9時45分に静かに亡くなった。
 
右はくろちゃんのお母さん(ハナクロ)  
左は一緒に産まれたチャーベー。チャーベーも交通事故で顎を骨折している。この親子はいつも3匹仲良く一緒にいた。 
くろちゃんのお母さんはとても優しくおっとりしたいた。クロを保護してからチャーベーが亡くなりその後すぐにこのハナクロも保護し家のなかに入れた 2003年のくろ
は7月7日に信濃毎日新聞に出ていた月の輪熊の子
下伊那の小学校の庭で見つかったという
体長が50センチとの事だから くろちゃんと体格はそう変わりない。 まだ乳幼児の熊の赤ちゃん。母親とはぐれて
どんなにか心細く、ひもじい事だろう。
 くろちゃんはお母さんと一緒に2年間過ごして、いろんな体験を母や兄弟とともにして、いろんな事を親や自然から学んで身につけてきた。 肢を骨折してから 私のもとに来てそれ以来外にでることはなかった。

 この小熊は、職員によって捕まえられ、近くの山林に放されたそうだが、母熊にあえたのだろうか?人間の近くに出没する熊たちは、ほとんど危険とみなされて銃殺されてしまう。小熊はまだ生きてゆくすべを知らない。森の中をさまようこの小熊の事を思うと、くろは幸せだったと思う。


     2005年7月10日(日)

 1989年生まれのクロちゃん(右) 元気がない。金曜の朝 ごはんをあげに行った時、台の上に飛び上がろうとしたが、ジャンプ力が全く無くなっていた。
 ジパンシーの血尿にばかり気を取られていてて気がつかなかった。外でお母さん猫と一緒に暮らしていたが、3年目に車にはねられ左足骨折し弱っているところを保護。獣医さんでギブスをつけてもらった。(入れ歯に使う型取使用)。2ヵ月後にギブスをはずしたら 骨が固定してしっかり歩けるようになった。
 
今日はケージの上に登ってジパやナナと一緒に寝ていた。お刺身をほんの少し食べ水を飲んだ。毛を櫛ですいてあげた。あと2〜3日もつかもたないかの状態。
    このまま皆と一緒に過ごさせてあげよう。 
 
これは6月の写真・・・この頃はまだ元気
先週あたりから弱ってきたかもしれない
歯は右の犬歯がしっかりしていて
あとは自然と抜けたらしいジパンシーと一緒に
ギブスをはめたクロ
クロが歩くとカタカタギブスの音がした。
←は先週のハマフラワーパークの様子
バラがほとんど散っていて 少し寂しい

花の命にも 必ず散るときがある
いろんな人間との出会いがある
この庭を愛するひとたちが訪れては去ってゆく
人間だけでなく 蜂や蝶や蛙や
生きている限りいろんな生命と出会って
別れてゆく




           2005年7月4日
                大雨
 先週から断続的に降っている大雨で川や湖の水かさが増えた。田んぼの稲も青々としてきた。大きなプラスチックのゴミ容器の蓋を取って外に出しておいたら1mの深さいっぱいに水がたまった。
 この水は、鉢植えの花木やトマトの苗に与えようと思う。水道水とは違って塩素を含んでいない。空からの恵み。先月はじめにハマフラワーから買ってきたミニトマトの苗がすくすくと伸びて花をつけた。散った後に小さな青いトマトの実をつけている。高さは80センチくらいになった。鉢が小さくなってしまったので、ホームセンターで大きなプラスチックの鉢をかって植え替えし、支えの棒に結び付けてあげた。植物や野菜も環境を整えてあげると嬉しいみたいだ。

 チャトラのキャロル君(鼻が悪い)とオサム君(耳が悪い)のポートレイト それ以外は食欲も旺盛。快食・快眠・快便
   マウスをあてるとポーズとります。

初めて育てるトマトちゃん
沢山実をつけてね!



2005年6月

       2005年6月30日

         久々の大雨
先週末から降りそうで降らないどんよりと曇って蒸し暑い日が続いていたが、ついにバシャバシャと夜通し降っていた雨。とよの中が洪水の様でした。
 この雨水を集めて溜めておけるようなちょっとした池が30年くらい前までは、あちこちにあって、子ども達の自然観察の場になっていたけれど、危ないとか汚いとかの理由でつぎつぎと埋め立てられてしまった。 小さな魚、ザリガニ、ヤゴ、ゲンゴロウ、・・・・
懐かしいな。 蛍も飛び交っていた自然があったのに、この光景はある世代の人達の思い出の中にしか存在していない。

マウスをあてるとパトリシアが振り向きます
玄関のドアに体を折りたたむ蜘蛛を見つけた。ほんの1センチくらいの大きさだけど、こうやって枝に化けて相手を安心させて餌を採る。昆虫が持っている生きてゆく為の知恵・・・に思わずハットした瞬間。  暑い日は猫たちもバテ気味です。左からつぶ・リリィ・パトリシア。この3匹はメス同士でいつも仲良くしていますが、このところパトリシアだけ離れていると思ったら、鼻水、くしゃみ、眼クシャで夏風邪をひいたらしい。  わりと今まで丈夫でいてくれたので、避妊手術後あまり手のかからないパトリシアでしたが、寒い冬中は風邪も引かなかったのに、暖かくなってから風邪を引く・・・・人間でも同じですね。今週から私の部屋に入れて、安静にしています。
 
 今日は、上野動物園で飼育されていたパンダのカンカンの命日だとTVが伝えていました。一緒にいたメスのリンリンが亡くなってから元気が無くなり、直接的な原因は肺炎の併発だったとのこと。夏風邪要注意!動物は人間から隠れて暮らしているものなのに、動物園では大勢の人間にみられて疲れてしまったでしょう。


     2005年6月19日
          父の日
 今日は父に会いに母と二人でお墓にお参りに行った。父が亡くなってから実家のお仏壇には気兼ねでお参りができない。
 お墓の周りには おばあちゃんが家から株分けした緋扇が植えてあるが、いつのまにか露草も根付いてにぎやかになっている。父は家のお仏壇より ここのほうがきっと気楽でいれるにちがいない。動物や自然を愛した父だった。盲目のルミちゃんを抱っこして笑っている父。お墓にはこの近くに住んでいる猫ちゃん(右下)が遊びにきていた。この子のおかげで、 父も寂しくないだろう。
草むしりをしたら青虫が沢山出てきた。近くの藪の中に投げてあげた。もう少ししたら、蝶になって、ここから飛んでゆくだろう。





2005年6月12日
 近所の美容院のオーナーが可愛がっていた
ヒメちゃん。今は病気で面倒を見れなくなったオーナーのかわりに 独立開業したお弟子さんのところで家族の一員として大切にされている。
 甘えん坊で おやつがないといられない。↓
      ミニチュアダックスのチャッピィ君
 ちょっと山の手の広いお家でおばあちゃんと2人暮らし。時々子どもさん夫婦が訪ねてきて一緒に遊んでもらう。私のところにいた猫のルミちゃんと同じく癲癇発作をおこすのでお薬をのんでいる。  毎日おばあちゃんと広い庭を散歩するのが楽しい。 チャッピィのおかげで明るい毎日。  昔私の家にいた ラッキーに似ている。2匹とも家の中で飼われているので どことなく人間的雰囲気。



        2005年6月8日
 5月に善光寺に出かけた際購入した「夢守り」と門前の工芸店で見つけた可愛い猫の壁掛けの写真です。  書家のカバマルさんのカレンダーには「夢はでっかく 日本一」とあったような気がするのですが、 叶えられるならちいさくてもいいかなと思います。 心が暖かくいられるようにこの「夢守り」が守ってくださいますように。
 
 お守りは2つ買って、一つは母に、もう一つは昔お世話になった「宮○園」のおばあちゃまにあげて、喜ばれました。 
 猫の壁掛けは10cm2くらいの大きさです。型は石膏でできていて、ヒゲはプラスチックです。その他のデザインは、茶トラとアメショウがあったような記憶があります。 昨年虹の橋を渡ったイブサンに似ています。 この次は茶トラのを買って来たいと思います。
 去年から具合の悪いフィリップですが、経腸栄養食の粉末をお湯で溶かして毎日飲ませています。鼻水とくしゃみが出つづけています。ギンちゃんの後をおって逝ってしまうかと心配していましたが、ガリガリの背中にほんの少し肉がついてきたかな・・・と思います。

 たまにビタミン剤や 鉄剤をあげています。暖かい日には、ほんの少しの間外に散歩に出しています。 2年前くらいまではひどい血便が続いていて、腸にポリープでもできているのではないかと心配していました。 獣医さんには行きませんでしたが、長い間に自分の力でなおった様子です。 




2005年5月

                       2005年5月29日
 傷ついた野鳥の保護を長い間されているYさんのお宅で写真を見せていただいたり、お話を聞かせていただいてきました。10年前に遊びに行ったことがあります。
 そのときは 小屋にツバメやふくろうの雛を保護されていて一緒に餌の虫をあげたりした思い出があります。 
 左は「ちょうげんぼう」が長い治療を終わって元気になり放鳥する時の写真だそうです。 早く回復するように馬刺しやリポビタンDなどを与えて力をつけてあげたそうです。放鳥の時は 鳥もYさんも嬉しい気持ちより別れの辛さや、自然の中に帰って無事やってゆけるだろうか・・という不安も強いと思います。 その時の為に、鳥もYさんも一心同体になって頑張っているのですから、大空にはばたいて仲間の所に帰らなくてはね。
 右は上が「あおばずく」 下が「ふくろう」のひなで、拾われてきた頃は 真っ白で小さかった
そうです。 肉食なので成長に合わせて餌を変えてゆき 肉屋さんで鳥の頭などをもらってきたりしてあげたそうです。看病の甲斐も無く亡くなってしまう鳥たちも多く剥製などにして、大切にされてきました。費用も莫大です。 寝ずの看病やえさやリも続きます。 信念がなければできない事です。
 アカショウビンやカワセミ 鷺 などの保護の写真もありました。
 小さな小鳥は虫を食べるのですが、自力で食べれるようになるために、鈴虫などを生きたまま
はさみで切ってあげたり、飛び跳ねる足だけをむしって動いている虫を食べられる訓練をしたそうです。  水鳥は水浴びをする場所を作ってあげたり、生きたままのさかな(わかさぎ)やどじょうを確保するのに大変だったそうです。
 つい最近まで山鳥を雛から育てて飼われていたそうですが、今は友人宅で面倒を見てもらっているとの事でした。
 野生生物の保護はほとんどボランティアでなさっています。 これから野鳥の活動が活発になると共に、事故にあったりして持ち込まれる鳥もふえます。 Yさんの鳥への熱い思いが多くの尊い命を救う時でもあります。 「雛を拾わないで」と一般にいわれていますが、Yさんに言わせれば、「地上に落ちた雛は、猫などにやられてしまうことが多いので 助けてあげることが必要だ」と。 
 



     2005年5月10日
 連休中に母の実家の庭の脇を散歩するビー太郎に会った。元気なビーグルの男の子。これから1時間コースの散歩とのこと。大きなお兄ちゃんに連れられて川沿いに走ってゆく。健康維持とストレス解消のために必要な散歩。ビー太郎の体力のほうがお兄ちゃんよりありそうだね。若い犬には若い人。 年をとった犬には・・・・少し若い人がいいかな。
 鶴峰公園のつつじをみに行く途中でKさんのお宅のお庭を見せていただいた。
家の奥からお座敷犬の花ちゃんがお出迎え。花ちゃん毎日こんなにきれいなお庭が見れて
しあわせ。お家のなかで静かに暮らしている花ちゃん。優しい人の傍で暮らせるしあわせ。


     2005年5月7日(日)
    緑の中のウー(ウエンディ)


 5月は野山の緑が生き生きと成長し、色づき生物は体に命の力が湧きあがってくるのを感じる。隣の家の草ぼうぼうの庭に毎日遊びに行っているウー。植物の匂いっていいね。4月には何度も吐血していたけれど、このごろは薬も使っていないけれど、調子がいい様であまり吐かなくなった。 GW中に長野に東山魁夷の絵を見に行ってきた。 美術館の15周年記念として、特別展をやっていた。魁夷が美術学校在学中(1928)に描いた「柿生の里」という日本画の真中に黒白の猫さんが寝そべっていた。何故かその絵が私にとっては一番気に入った。「緑響く」の絵の中に白馬でなくウーでも入れてみようかな
 
魁夷の書斎(絵を描く)引き出しの中にはいろんな顔料が
入っている。こんな風に落ち着いて絵でも描いてみたい。
もちろん 横には静かな子(猫)が寝そべっている情景を思い浮かべて・・・・


     2005年5月5日
   子どもの頃のフィリップくん

今日は子どもの日 だから 子猫の日
 フィリップは1993年から家にきているので今年で12歳ということかな 早いものです。こんなに可愛かったのに捨てられていて・・・拾った女性も飼えないからと私のところに持ってきました。 私もその頃沢山の猫たちがいてみてあげる自信がなかったので 岡谷畜産店で預かっていただきました。 でも結局フィリップは私のもとに来ました。 フィリップはとても甘えるくせがあって顔中」ぺちゃぺちゃ犬のようになめる子でした。 私は他に盲目の子や 足を切断した子や他にも病気の子の面倒をみなければならなかったので、フィリップとはたまにしか遊んであげられませんでした。↓マウスをあてると画像変わります
 去年くらいから フィリップも病気がちになり、仲良く暮らしていた仲間のフランシスカやギンちゃんが病気で亡くなったので 、やっとフィリップのことにも手をかけてあげることができるようになりました。 少し食べて寝たり起きたりの生活。 暖かな静かな場所で、じっとしていることが多くなりました。 鼻水やよだれで顔がよごれたままになっているので、一日に2〜3回は拭いてあげています。 若く健康なときは 身づくろいがきちんとできますが、だんだん簡単な事ができなくなってきます。 トイレだけはどの子もきちんとできるのが人間より偉いところです。
 人間のお年よりもそうですけど、周りの子ども達が気にかけてしっかりと身の回りの事をみてあげなければなりません。 


2005年5月1日
花桃・桜・つぶ
 つぶちゃんは生後1〜2ヶ月の頃母が近くの空き地から拾ってきた子だった。離乳食も食べれたがまだミルクのいる時期だったので、普段のおこもりは盲目のルミちゃんにお願いして1日2〜3回ミルクを注射器で飲ませて育てました。 乳児期に母猫のお乳で育っているのでとても丈夫で、今までに1回歯石取りをしたくらいでいたって健康な子です。
 母代わりのルミとはいつもべったりくっついていました。H14年に盲目で癲癇のあるルミが吐血してからルミの安静の為にルミから離してから 欲求不満の解消のためか大食漢になり かつては痩せッポッチで小さかった「つぶ」は 万治の石仏のような肥満体型になってしまいました。 おでぶで 甘えん坊のつぶです。
岡谷駅近くの珍しい3色の梅と 横河川と鬼子母神の桜を左右に分けて載せてみました。 


2005年4月

2005年4月28日
    イタリアの動物保護条例
   {信濃毎日新聞の外電スナップの記事から}
 イタリアでは既に動物遺棄や虐待に対して、最高罰金140万円、禁固1年を科す法律があるそうです。 さらにトリノでは 飼い主の心得を細かく規定し、散歩が不十分な場合500ユーロの罰金とのことです。
 
 この法律ができた背景にはやはりひどい扱いをされている動物達が多いという実態と、それに対し動物愛護精神を大切にして戦っている人々の、熱心な活動があると思います。  そしてたかが動物の問題と軽く片付けないで、しっかりと受け止めてくださった理解者が政治家の中に少なからずいたということですね。
 
 いまや虐待を受けているのは動物だけではなく、手のかかるお年よりや、足手まといになる小さな子ども、夫婦間とか 人間のあり方も相当すさんでいます。物が豊かになり、お金もそこそこありある程度の幸せは築けるはずなのに・・・・。
 思いやり とか 哀れみ
 とか分かち合う気持とか 優しさとか 失わないようにしたいと思います。
 ジパンシーの血尿はphコントロールに変えてからも続いていますが(5ヶ月間)何とか元気でいるように見えます。
 シャイな子なのでいつも離れたところからコチラを見ています。この年齢にしては1度も歯石取りはしていませんが歯は同年齢の子に比べると綺麗で欠損なくしっかりしている様にみえます。ジパンは鼻の模様が特徴的でこれはお母さん譲りの模様です。 毛の艶はとてもいいしそんなに痩せているようにも見えません。 赤ちゃんの頃からずっと世話をしてきたけれど 全然心を許さない 強い意志を持った子だなあと 感心してしまいます。 


2005年4月24日
     ギンちゃんの死(23日)満開の桜
 ギンちゃんは23日の朝からほとんど動けない状態になりました。それでも、朝早くに私のベッドから降りて、トイレをして、よたよたと階段を下りて1階のフィリップのベッドの下の籠のなかに入って眠っていました。
 名前を呼ぶと、目を開いて頭をあげて返事をしてくれます。籠さら日当たりの良い2階の長年過ごした部屋に移して水やトイレやごはんを近くに置いて仕事にゆきました。
 昼過ぎに帰って来ると、トイレの外におしっこがしてあり
ギンはやっとの事で籠の中にもどったようすでした。
 返事の声は か細いながらもちゃんとしてくれています。
母にギンのことを頼んで1時のあずさで 横浜の火傷の子に会いに出かけました。10時30分に帰宅してすぐにギンの部屋にゆくと、ギンはすでに亡くなっていました。まだ温かいような気がしました。 1時間かかって体を綺麗に洗ってあげて、フワフワニ毛並みを綺麗に整えてあげました。
 母に午後の様子を聞くと、1時間おきくらいに見に来て夜7時40分のときは まだドアを開けるおとがすると小さい声でないていたそうです。
 帰りのあずさの中で、ずっとギンに話し掛けて来ました。20日(水)には お刺身や笹身を美味しそうに食べてくれましたし水もよくのんでいました。左の写真は少し前のものですが、こんな風によく膝の上にのって、ほっとしたように休んでいました。体は痩せてゆきますが、家のなかを自分の思う存分あるいていました。
 小さなときに私の家の2階に来てから、外には一度も出しませんでした。日当たりの良いこの窓から見える景色が
ギンにとっては外の世界でした。
 今日は暖かな日曜日で、あちこちの桜が晴れ上がった空の下で満開に咲き乱れていました。ギンは今ごろ空の上からこの桜を見ていることでしょう。


2005年4月19日 下痢が続くギンちゃん 
 左は2枚とも去年の1月の写真。 下は今年1月のギン。
 元気なころは写真のように 毛の艶もよく 体もふっくらしていました。しかし、2ヶ月以上脱走して外で過ごしていたサチオを家の中に戻ししばらく経った頃からサチオくんに蚤かダニをうつされてしまったらしい。
 他のウェンディ・フィリップ・すみれ・つぶ・フランシスカ・パトリシア・リリィ・ノア・の全員が体をかきむしるようになりました。皆を注射につれていきフロントラインも定期的に使って、ギン・フィリップ・フランシスカを除いて治りました。ギンたちにはアレルギー症状が残り8月ころから脱毛や皮膚の潰瘍が沢山できました。強肝剤などを使用し年末には皮膚潰瘍はなおり食欲も出てきました。
 フランシスカが亡くなった1月が少し過ぎた頃から、鼻水・目やにがひどくなり、激しい下痢も始まりました。

 ↓は1月のギンですので、4月現在はもっと痩せてしまって体重はおそらく1キロ強くらいに激減しています。
 ごはんはたべています。経腸栄養剤も自分から飲みます。でも、身になっていません。目もおちくぼみ、骨盤も肩もあばらも「皮の下は骨」という状態。今日は整腸剤に下痢止めをまぜて与薬しました。

 よたよたしながらも 私の布団の中に潜ってくるので一緒に寝てあげています。 下痢は他の猫はかかっていないのでウィルス性ではありません。
 



2005年 4月17日

    薔薇 sweet memory
 昨年霧が峰の山荘で置き去りにされた猫を保護し、去勢・避妊などをされて 面倒を見ているGさんのお宅に行って来ました。 100匹以上の猫ちゃんの面倒をみながら、なお置き去りの子たちに手をさしのべている。
 ちょうど 食事の世話をされていたので 立ち話をしてキャットフードを届けてきました。30匹分くらいの量でしたが 喜んでいただけてよかったです。
 
 こんなに沢山の子たちがいても 行き届いた世話をされています。 たた1匹しかいなくても食事の面倒やトイレの世話も気まぐれでやっているいい加減な人達とは大違い。
 麻袋をもって 山荘に猫の処分にきた保健所の人と、たまたまそこにかちあった 愛護団体のハッピーテールの方たちとの激しいやり取りをお聞きしました。   鶏でも犬や猫でも 上司から命令されて部下の職員が命を鷲づかみにして麻袋に押し込んで燃やして片付ける・・・ そんな残酷なことがいまだに続けられている’’豊かな国?・・・日本’’
    Gさん体に気をつけてくださいね。
ビーグル犬と 怪我をしたカラスちゃんも保護されていました。


2005 4月16日 横浜アニマルファミリー
火傷を負ったのは白い色のオス猫で まだ1歳未満です。とても優しい性格の子でした。

 外には ハナちゃんというゴールデンレトリバーの女の子と じゅんちゃん(?)というミニチュアダックスの男の子もいて 今日の譲渡会のお手伝いとして 参加していました。
 
 ★皆 幸せになれるといいね★
 今日は 午後あずさに乗って1月に横浜アニマルファミリーのかたが保護した火傷の猫ちゃんに実際に会いに行って来ました。光線療法を続けていましたが 以前写真で見た時より傷が広がってしまったようです。エリザベスカラーをつけて、ケージのなかで大切にされていました。
 傷はむき出しなので どうしてもカラーの先が傷のふちに当たって傷を広げてしまうようです。 第V度熱傷なので神経がやられてしまい痛みは感じないようでしたがとてもショッキングな傷でした。絵に描いたように皮膚の表面積の3分の一が赤裸になってしまっています。
 持参した薬品等で傷を洗ったり処置してガーゼや腹帯等で保護してきました。 これから時間はかかるかもしれませんが、傷が快方に向かう事を願っています。
 しっかり食事がとれているのでこれまでもったと思いました。この猫ちゃんは怖い思いをしてきたのでケージの中にいるととても安心するらしく、処置が終わると自分からケージのほうに歩いてゆきました。

 アニマルファミリーの代表の野中さんの家ではたくさんの犬や猫を保護され熱心に面倒をみる傍ら、譲渡会などを催し啓蒙活動を意欲的に続けられています。


2005 4月13日 常在納豆菌
 おさむ は弟が横浜のアパートで飼っていた猫です。今から10年前に私が引き取りました。たった1匹の猫の面倒をみることも大変な事です。
 ちゃんと面倒をみてあげないと、部屋の中はゴミまみれ 糞まみれになってしまいます。
 ましてや子猫はいたずらをします。都会は捨て猫がいっぱいいて、本当は飼う事のできないアパートで隠して飼っている人もたくさんいます。
 最期まで面倒みれないで 飼育放棄される人がなんと多いことか。
 
 去勢も予防注射もしてない都会育ちの大きな猫がいきなり仲間に入ってきたので猫部屋の猫たちはパニックにおちいりました。
 瓜実条虫という寄生虫も私が見たのはおさむが初めてでした。おさむの排泄物の周りに何十とうごめくこのむしを見て、他の猫たちへの感染の心配が恐怖となって私に押し寄せてきました。5mmくらいの白い米粒が伸びたり縮んだりユーモラスな動きをします。死ぬとまるでふりかけの白ごま・・・。 獣医さんで予防接種や駆虫薬の注射をして一安心。
 耳の中はあまりにも耳垢がすざましいので、耳ダニの巣窟となっているかと思いきや、ダニではなく納豆菌の一種の巣窟。軟膏も使ってみましたが、おさむの耳は納豆菌を自家栽培しつづけて今日に至っています。

 今朝も10本くらいの綿棒で両耳のお掃除をしました。ちょっと 気持ちよくなってくれたかな?


2005 4月12日 ウエンディの憂鬱
 ウエンディは17才。去年の2月に、生まれた時からずっと一緒にいた双子のピーターが病気で死んでしまったので、この1年はとても寂しかったことでしょう。 リリィと一緒にいた時もあったけれど、最近はいつも一人でいて、パソコンの上に陣取って、私がパソコンをやりだすと膝の上に上がって フガフガなにか喋っています。
 
 今年から チャールズが私の部屋で一緒に住むことになった。ウェンディはチャールズの小さな頃は一緒にいたし、チャールズは毛色がピーターに似ているから、気が合うんではないかと私は勝手に思っていたけれど、いろんな環境の変化がウェンディにストレスとなっているようです。今年になってから、水をたくさん飲んだり、大食をした後に、よく吐く様になりました。 胃潰瘍ができているようで血液も混ざっています。
 以前、やはりストレスで吐血した子がいて、全盲のルミちゃんと言う猫だったのですが、ルミちゃんが入院したときの処方薬がわかっていたので制酸剤と胃粘膜保護剤を飲ませて様子を見ています。 

2005 4月11日 外猫 ケテオ
おなかがすくと私の家にやってくる。すまなそうな顔をして私を見上げる。  近くのホテルの庭で おばさんからいっぱい餌さをもらって食べている 1日に1回。
この庭には、ケテオのほかに2〜3匹の猫ちゃんが集まって来る。食べ残しはセキレイがついばんでいる。
 ケテオ君が朝 外でカーテンがあくのをじっと待っていた。ごはんを食べ終わるとまた自分のテリトリーに戻ってゆく。
H12年頃 ミッキーが連れてきて自分のえさをあげていた。私のところに時々顔を見せるようになって もう5年も経つ。
 丈夫な猫ちゃんだけど、びっこをひいていたり、風邪で咳きをしていたり、具合の悪そうな時がある。外で生きるのは大変。
 可愛がってくれているおばさんは「しろ」と呼んでいる。

2005 4月10日 フジコへミングと藤城清治
 笠原書店のギャラリーで行われている絵画展を見に行って来ました。
 枚数は少なかったのですが、どの作品からも、優しさや夢を感じ、とても心が満たされました。
 お二人の絵には 猫ちゃんがたくさん描かれています。
 いつも一緒に生活していると、動物が友達以上の存在になってゆくような気がしてきます。 気持ちが通じるという意味で。

2005 4月9日 熱帯魚のノア(♂)
 今日は水槽の水変えをしました。
この水槽にはH13年の12月に生まれた赤ひれ(ホワイトクラウドマウンテンフィッシュ)が6匹と H15年春から飼っているベタが1匹仲良く泳いでいます。
 
以前赤ひれのいる水槽にネオンテトラを入れたとき、ネオンのほうが死んでしまったので、一緒は無理かなと思い、産卵用の箱で境を作って3ヶ月は隔離して飼っていたのですが、産卵箱は狭いので、出してみたら 相性がいいみたいで仲良くしています。 このベタくんも赤ひれのお母さんも ホームセンターで小さなビンに閉じ込められて売られていました。
 
 お魚でも 動物でも 狭いところに閉じ込めてで暮らすのはかわいそうな気がします。 このベタは とても優雅に泳ぎます。
 動作が去年の11月4日に亡くなった猫の「ノア」に似ているので、えさをあげる時に、水槽をトントンとたたいて「ノンちゃん・・・ノアの愛称」と呼ぶと、嬉しそうにひれをノアの尻尾みたいに動かします。 


2005 4月8日 ジパンシーの血尿
 去年12月中旬くらいから、ペーパーサンドに血尿が目 立つようになった。この部屋には、ナナ4・おさむ・キャロル・クロもいるので最初誰かは特定できなかった。
 ジパンはシャイな子なので捕まえることができない。結石ができないキャットフードは使っている。結石か膀胱癌なのか、FIPからきているのか原因は獣医さんにかからなければわからない。
 3月半ばから飲料水に重曹を少し入れる事にした。その他ペーハーコントロールのドライフードと レトルトを獣医さんから買って与え続けている。自然治癒を信じて・・時間はかかるかも。 血尿は出つづけているが尿閉にはなっていないようなので、結石ではないかもしれない。 
 ジパンは15歳。家で生まれ1度も外の生活を知らない。窓の外に見える景色が季節の変化を感じさせてくれる。

2005 4月6日 ギン(黒×白)とフィリップ(白×グレー)




 ギンは10年前 野良猫ちゃんが産んだ子で、となりの家の車庫の壁の間に天井から落ちて2日間泣きとおしでいた。近くの大工さんに頼んで 隣の家の方にも許可を得て、壁を一部はがして助け出した。生後2ヶ月以内の子猫で 他に白茶の♀の子猫も捕まえた。大工さんは他にも小さな猫の頭蓋骨があったと言っていたので、3匹いたうちの1匹はもう少し小さな頃、その隙間に落ちて死んでしまったのだろう。

 その頃100歳の双子のおばあさん きん さん ぎん さんがTV出演していたので 黒白はギンちゃん 茶白はキンちゃんと名づけた。後にキンちゃんはすみれUに改名。

 フィリップは 生後2〜3ヶ月の子猫の時、近所の人が拾って飼ってくれと連れて来たが、私のところでは飼い切れないと、一度は断って ペットショップに持ち込まれていたが、狭い檻の中で可愛そうと、結局私のところで飼うことになった。

 この部屋には 先住の小次郎ちゃん・るみちゃん・ぎんちゃん・きんちゃん・フィリップの5匹で一緒に住むことになってしまった。
しばらくして そこにフランシスカも加わった。
 小次郎ちゃん・ルミちゃんは死亡。今年の1月4日にはフランシスカも死亡したので 最近はギン・すみれU・フィリップの3匹で住んでいる。
 3匹ともほとんど病気をせずにいたが、H15年末に サチオが外からしょってきたノミかダニのアレルギーで体中にかいかいができて それがなかなか治らず、すみれとフィリップは皮膚症状完治。  ギンは体中の毛が抜けて薄くなってしまって 寒そうである。  2月から ひどい下痢症状がギンとフィリップに出て、フィリップは2週間前に止まったが ギンは食欲があって大食しているのに からだはガリガリに痩せていてふとれない。」
 鼻水や目やにも一時すごかったが 最近おさまってきたようである。
 整腸剤と 鉄剤シロップを飲ませ、時々皮下輸液をして脱水を補っている。  よろよろ歩いてきて 体を摺り寄せてくる。
 2月から3月にかけては2匹ともだめになってしまうかと心配していたが、経腸栄養剤の捕食と笹身等で栄養はかなり補えた事もあり、危機的状況は脱したもよう。
 ただしギンのほうは、下痢の改善が遅く体重減少が進んでいるのでまだ心配な今日この頃です。


2005 4月3日 母(ナナWー左)と子(キャロル)
 ナナWはお肉屋さんの納屋で暮らしていた1997年に他の9匹の野良と共に捕獲してきたメス。もう6年近く部屋の中で飼っているけれど まったく触らせないし私を寄せ付けないので、
避妊手術に連れてゆく事ができない。捕獲して他の8匹の手術が終わってまもなく 2階の窓から隣の家の屋根に飛び降りて脱走してしまった。そのときにできた子どものうちのい匹がキャロルである。他の子どものルリカ(♀)・ドナルド(♂)・ルナジューン(♂)は避妊・去勢後に1〜2年後に外に出て遊んでいるうちに道路にでて車にはねられて死んでしまった。
 キャロルたちを流し台の引出しの裏にこっそりと産んで1ヶ月以上隠れて(私に見つからないように)そだてていたナナWだった。とても偉いな・・と思う。
 ナナV(ナナWの母)はキャロルのおばあちゃんにあたるのだが同時期に捕獲して避妊手術していたが ナナWの子育てを手伝っていた。すし屋のナナはおばさんにあたるのかな。
 彼女は御寿司屋さんに出入りしていて そこで猫好きな板前さんから お客さんの食べ残したお寿司をもらって食べていたけどある雨の日に弱ってみかん箱の上にへたばっていたのを、わたしの母が抱っこして連れて来た。この寿司屋のナナもキャロルたちを可愛がってくれていた。 H13年8月に亡くなった私の父もこの子達をとても可愛がってくれた。
 3年間別々の部屋で暮らしていたので、今年のお正月から一緒の部屋にしたけど、最初 母と子であることがわからなかったみたい。 3ヶ月経った今は時々そばによって話をしている事もある。キャロル君 私のことを とってもいい人間だよってつたえてね!

2005 4月1日 久々の チャールズとキャロルの再会


 去年はチャールズ(左)とキャロル(右)とイブサンローラン(12月)死亡の3匹で1つの部屋に暮らしていたけれど イブサンの病死でお正月から暖房費の節約の為 チャールズは私の部屋、キャロルは蔵の2Fに分かれて住む事にした。 チャールズは猫ちゃんばかりの部屋のくらしが長いので私の部屋の空気や他の猫ちゃんたちになかなか慣れない。

 1月はハンガーストライキで2wくらい何も食べてくれず、本棚の上に上がりっぱなしで、病気になってしまうのではないかと心配していたが、今では 私の留守を見計らって 1Fに降りていったり、窓辺でねそべっているようになった。
 キャロルは家で生まれていて乳幼児の頃面倒をみたので人間とも猫ちゃんとも違和感なくやってゆけるし いろんな事に興味を示すので 一緒に暮らしてあげたいけど ジャンジャンおしっこかけをするので たまに連れてきて遊んであげる。チャールズも安心してくれるかな・・・