自動車運転の件は先に書いたから、再説はしませんが、Salzkammergutへ到着するなり、あらゆる問題は発生した。

写真:Hallstattのパンフレット

いつもは成功談で綴っているこの旅行記も今回だけは、失敗談をお話しなければならない。

私は私の妻、それに私の欧州での友達たちにおおいに馬鹿にされた。

でもなにかカウンターメリットがあったでしょう、と尋ねられれば、確かに変化はあった。いままで13年間やめていた酒が飲めるようになった。酒でも呑まなければ、この鬱陶しいフラストから解放されることがなかったのだ。

今回は、鬱陶しい話をお聞かせして済みません。

最後になるが、「人を馬鹿呼ばわりするひとこそ馬鹿なのですよ」と耳打ちしてくれた人がいる。確かにそうかもしれない。しかしそうだとすると、私は救われようがないではないか。

  くそっ! どうしてくれるんだ、このくそ婆あっ!


では皆様、ご機嫌よう。

いずれにしても、私は私の妻におおいに馬鹿にされた。「旅慣れた人同士で旅慣れた旅をする」グループのなかに自助精神の欠けた人間が一人でもいたら、「直ちに日本へ送り返しなさい」というのがかあちゃんの言葉でした。さすがの私もこれには返す言葉がありませんでした。私の負け。かあちゃんのほうが正しい。

私が強調するのは、交通事故の場合だ。日本と同じでかならずその場で停車して警官を呼ばなければならない。すくなくとも事故報告書を書いて貰い、コピーを一通入手する必要がある。警官はかならずドイツ語なのですよ。日本では日本語、ドイツではドイツ語なのです。

このパーティの人たちはこんな簡単なことがわからない。常識がもともとないから判断ができないのを、あたかも判断力があるような顔をして行動する。

私は、一週間あたりで神経がぶち切れてしまった。

綾小路きみまろが言う。

おばちゃんは
時間がある、お金がある、
そして、開き直っている。
なんかもう、先がないから笑いたい、みたいなね。

Halb Sieben(ハルプ・ジーベン)を七時半
であると勝手に解釈し、厨房の人たちを一時
間超過労働させてしまって、それでも自分が
引き起こした迷惑に対しひとことの謝罪もし
ない馬鹿。このような無神経が積み重なって、
それにたいしいちいち文句をいえないから、
これだから電源開発さんは困るのですよ。
(注:
Halb Siebenとはドイツ語で6時半のこ
と。ドイツ語の初歩の初歩です)

オーストリアにいるにもかかわらず、
物知り顔でモーゼルワインを注文する東
大。

スイスにいるならスイスワイン、オー
ストリアにいるならオーストリアワイン。
甘いか辛いか、赤か白か、それだけ言っ
て、あとは給仕にお勧めを聞くのが「礼
儀」というものだ。

  レストランではメニューの翻訳までいちいちしなくてはならない。

Enteというのは「鴨」のことでございまして、gebratenというのは「火で炙った」という意味でございます、と言わねばならない。翻訳してやっても、彼らはそれが至極当たり前のような顔をしている。食事が美味しいなら美味しいなりに黙っていてほしいのだが、こういうときに限って、なんだか理解に苦しむ言葉を給仕に投げつける。私は給仕の身になってうろたえる給仕の精神状態の後始末をせねばならない。

好き者同士で旅行に出たのであれば自助精神は当たり前なのだが、私にたいして、「その荷物はテラスまで運んでくださいな」などと平気な顔をして言う。「すべてお任せします」という約束で組んだ予定表にはっきり書いてある訪問予定も、自分の気に食わなければさっさと変える「いも」。スケッチ会を主催する立場にありながら「美術館に行ってもよくわからないのよね」と美術館訪問を断乎拒否する「梅干し」。

写真:St. Wolfgangの中心地

こういう人たちは、通常は高い料金を払って、老人用のツアーにのるのだが、この人たちは、「誰かに頼めば楽しい思いをさせてくれる」はずだし、友達の世話になれば、「ただで」楽しみを獲得できる、と確信しているのだ。そもそもが世界には「楽しいことがあるはずだ」し、「楽しい事がない世界は世界ではない」と考える楽観主義者なのだ。そして、ただ乗りほどおいしいものはないのだ。

とにかくこの人たちは人間であって、
人間ではない。言葉がしゃべれない。
言葉が聞けない。書いてある字が読め
ない。書けない。歩けない。重い荷物
が持てない。ヘレンケラー・プラス・
身体障害の難病なのだ。

しかし、残念ながらこの思い込みは大いにはずれた。一週間たってからわかればよかったのだが、一日目にして露見してしまった。

だって、一人の婆様「梅干し」は外国
留学組で、しかもアメリカだから、英会
話は当然にできるはずだし、もうひとり
の「いも」は日本女子大の英文科卒業で、
世界各地を見物して回っていると豪語し
ているのだから、私はこの「いも」が旅
慣れている、と信じてしまったのだ。もち
ろん「旅慣れている」女性の伴侶で東大
工学部電気科ご出身の
H男様もそれなり
の経験を積まれているにちがいない。現
73歳の東大出だから、当時の教育事情
を考えれば、ドイツ語などお茶の子さい
さいと私が思い込んだとしても、あなが
ち私の過剰な期待と断定はできないでし
ょう。

口のまわりに縦皺ができてしまって、長
谷川町子の描く「梅干し婆」の様相を呈す
るお婆さまは、顔の上方に死斑ともいうべ
き灰色のしみが浮き出している。もうひと
りのお婆様は耳の片方が難聴になっており、
歩くと足の関節が痛み出して歩けない。昔
は美人だったはずなのだけれども、現在は
「いも」。そのご主人を「いも」はつれて
きたのだが、シャツの隙間から見える肌は
黒いシミだらけで、どうみてもこの三人は、
よく観察するとポンコツだ。

いやはじめはそうではない、と私は間違
って判断していたのだ。

こういう経験をした以上、同窓会の海外旅行というのは、必ず旅行社に依頼して値段のひどく高い旅行にして、雑務は旅行社の添乗員にすべてまかせることだ、と私はやっと悟ることができました。つまり、老人で外国語ができない人たちは、土地の人に直接接触させないように、問題を引き起こさないように、まるでおむすびパックのように厳重に包装してバス輸送するユーラシア方式が正解ということになる。

外国では日本の常識が一切通用せず、これを乗り切るために最初は多額の投資をして通訳をつけて、それでも用心のために手探りで慎重に進むものなのだが、日本人の年寄りは、お金の制約もあり、決断力もないから通訳を雇うこともせず、すり切れてしまった神経で無防備な判断を行なってしまい、恥をかく。東大出の学士さんですら73歳にもなると、この程度の馬鹿に落ち込んでしまう。

まことに悩ましいことは、この人たち
は年齢の所為もあるのだろう、「自分が
常識から外れていて、人に迷惑をかけて
いる」という意識が脱落していることだ。
脳軟化症なのだ。だから「何が悪いの
よ?」とすぐ開き直る。逆に、自分さえ
楽しければすべては「良い」ことになっ
てしまう。

Herren(ヘーレン)は男、Damen(ダーメン)と書いてあれば女、どちらも拒絶文言が書いてあるのが便所なのですよ、と説明してやっても、男便所へ勝手に入り込み、下着を下ろしチョロチョロと小便の音まで男に聞かせてしまう「梅干し」。

英文科が考える世界旅行の定義は、「ツアーに乗ること」であって、みずから企画する旅慣れ族のそれとは違い、金頼みの自堕落旅行だった。

東大は欧州でも使える携帯電話をもってきて自慢した。これさえあればいつでも(日本と)電話ができる、と自慢する。外国で事故を起こし、日本に電話をかけてどうなることだろう。英語もドイツ語も話せない、だが日本に電話をかければ事態を収拾できると考える電気科もあるのだ、とはじめて私は理解したのだ。

「梅干し」はドルの外国持ち出し制限500ドルの時代に300ドルしか持たずに留学し、計画性のない貧窮生活をしたあげく、「アメリカが大嫌いになる」経験をしたらしい。常識的に考えれば、それはマフィアがらみに違いないし、そういえば職業的に訓練されたcoquetryがいまでも彼女には色濃く残っている。

写真:Schafbergの登山列車。現在は石炭を使わず、オイルで稼働する。

「そんなのはじめからわかっているでしょう。河原さんともあろう人が馬鹿をするんじゃない」というのが私の友達のあざけりの言葉であり、「その張本人のK子さんを直ちに飛行機に乗せて日本へ送り返しなさい」というのが私の妻の第一声だった。

実態がわかりにくいこともあり、思い切って私の生の日記をご披露することにしましょうか。

Salzkammergut

                      2009/6/20-21