これまで二つの量子力学モデルを作ったのだが、この二つを繋
ぎ合わせてみることとしよう。
説明すると、
(+)excited state とは、神秘体験Aの状態で、量子力学では励起状態
と称される状態を示す。ジェイムズが説く「
健全な心」の状態である。アヴィラのテレサ
は、「恍惚」と彼女が名づけるエネルギー準
位のより高い第二次励起状態が存在する、と
主張するが、ここではこの「あるかもしれな
いし、ないかもしれない状態」は排除して考
えよう。
(+)ground level とは、精神の高揚した状態で、躁鬱の「躁」の状態
にあたる。ハイテンションであり、生命感が
高揚した状態を指す。
(-)ground level とは、精神の抑圧された状態で、「鬱」の状態を示
している。
(-)excited state とは、神秘体験Bの状態を指す。ジェイムズの説く
「病める魂」の状態である。さすがにアヴィ
ラのテレサも、マイナス値の第二次励起状態
があるとは指摘しなかった。実際にそれはあ
るかもしれないが、報告例がほとんどない。
人間の通常の心の状態は、「躁」でもなく、「鬱」でもない。そ
の中間の領域をユラユラと揺れている状態であるように見える。し
たがって、私たちの普通あるべき心の状態を波型で示した。昨日は
快活な一日を送れたが、今日は朝からなんとなく憂鬱だ、という自
然な感情がこのグラフで表されているのではないだろうか。ジェイ
ムズの「意識」あるいは「考え」の流れは、考えの対象を限定して
指しているが、そのほかに、心の状態という全体的なムードがあっ
て、それはユラユラと水藻のように揺れ動くものではなかろうか。
上図のようになる。
筆者が神秘体験Aの部で述べたように、この魂の問題については、私たちはこれを証明することはできない。たまたま同じ経験をもったひとが出てくれば、追証はできるかもしれないが、畢竟同じ経験をもった体験者同士の相互理解を越えることがない。神秘体験Aを経験した人の数は限定されており、神秘体験Bの体験者となっては、さらに体験者の数が減る。したがって、どう見てもこれらの神秘体験にもとづいて作り上げられた理屈とか理論とかは、仮説の域を出ない。
しかし、人間の心が二つの神秘領域をもつという仮説は、それがない場合よりも、人間の心の実態をはるかにうまく説明してくれる。
画題:奥村政信
座敷芸「勧進帳」 享保年間(1716-36)
紙本著色 掛幅 No.EO.825
ギメ美術館蔵
平山郁夫
『秘蔵日本美術大観6 ギメ美術館』、
講談社、1994
存在の重みで魂が押しつぶされようと、
苦痛に魂が喰いちぎられようと、
どん底に降り立っても
物理的な「死」が到来しないことを
理解、納得できたら、
そこらにある既知の知識のみを利用して、
整合性のとれた仮説をつくってみよう。
座敷芸の富樫役は、
汁椀を頭にかぶり、
掛軸を腰にさして、
威風堂々と富樫を演じる。
捨て身の抽象こそが真実を表現する。