サン・マルコ美術館の絵はPradoの「受胎告知」の下絵と称するべきもので、
Pradoのそれとはおおまかに次のような違いがある。


1.      画面左側にアダムとイブが描かれている。

2.      画面左側に草花が描かれている。

3.      真ん中の柱の上に~の顔が描かれている。

4.      上隅の黄金色に輝く天から一筋の光線がマリアに到達している。


 これらの違いのうち、宗教的にもっとも重要なポイントは天から降りる黄金色
の光線である。この光線は「聖霊」を意味する。フランス語では
Saint espri

 父なる「神」、子なる「キリスト」、それに「聖霊」が別々の存在であるとき
はこれを三体性Triasと呼び、これら三者が一体であるときには、これを三位一
Trinityと呼ぶのでしたね。

 この聖霊が天から下ってきて、今マリアに到達した。そのことを大天使ガブリ
エルがマリアに告げている場面である。

 「聖霊」とはなにか、ということだが、それはプラトンの唱えた「イデア」で
ある。「聖霊」=「イデア」というこの等式を明快に説明した本が世界にただ一
冊ある。
18世紀後半イギリスに出現した歴史学者ギボンが書いた『ローマ帝国衰
亡記』である。この本のコンスタンティヌス帝の箇所を読めばよい。

 『ローマ帝国衰亡記』は、中野好夫氏による詳細な翻訳書が筑摩書房より出版
されて、はじめて日本人にも理解できるようになった。

 「聖霊」=「イデア」という等式が間違っていて、そこで、西洋はイエス・キ
リストの精神を読み間違えたのだ、とギボンは指摘しているのだが、すくなくと
もこの絵のなかではフラ・アンジェリコはカトリックの公式通り、「聖霊」=
「イデア」と読み、不可視の価値である聖霊であることを示すために、聖霊のシ
ンボルである白鳩を光線のなかに描きこんだ。 

 そして「イデア」というこの不可視の価値を表現するのに、Fra Angelicoは黄金
を使用したのである。


 つまり人間は、「不可視の価値」を表現しようとするときに、金を使うのであ
る。

Fra Angelico

(フラ・アンジェリコ)

画像:
サンマルコ美術館のAnnunciation
http://cgfa.sunsite.dk/angelico/p-angelic3.htm
The Annunciation, late 1430s, fresco, Museo di San Marco at Florence.

 Fra Angelicoの「受胎告知」は同様の構図の絵が何枚かある。フィレンツ
ェのサン・マルコ美術館には最も単純な下絵ともいうべき絵があり、シエ
ナの近くのコルトナの美術館
Museo Diocesanoには、サン・マルコよりもも
う少し詳しく描きこんだ絵がある。

http://www.cortona.ws/

 ここに掲載した「受胎告知」はマドリッドのPrado美術館のものである。
同美術館の収蔵品のなかでも白眉の作品であって、このようにとても美し
く修復されている。

画像:

フラ・アンジェリコ
「受胎告知」1430
プラド美術館
ホセ・アントニオ・デ・ウルビノ
『プラド美術館』
1988
Scala Publications Ltd.