B の 前 兆 現 象

さて、上に引用したBがある日突然に私た
ちの前に現れるわけではない。物事にはかな
らず前兆があるのである。

ジェイムズが前稿の前後の経過につき手記
を残したわけではないから、筆者は先に、
「病める魂」のなかから、前兆になるべき文
例をえらびだした。

前掲の1.2.である。

1. フランスの養育院の患者
2. 保養所の患者

この二つの文をまず読んでいただきたい。

 もう一度説明すると、

(第一段階)

なぜだか本人にはわかっていないのだが、「死にたい」と
感じ、実際に睡眠薬を飲んでみたり、電車のホームから駅に
進入する電車の前に身投げをしようか、と真剣に考える。

(善い悪いの評価問題とは関係なく、事実として)勤労意欲
はばったりと途絶え、職務とか勉学は中止してしまう。

毎朝、目がさめると「俺はまだ生きているのか」と自分を
呪う日々が続く。

この症状は昔から「憂鬱病」あるいは「鬱病」、あるいは
単に「鬱」と称せられている症状の典型です。

いったん意識のマイナス領域の存在を自覚するやいなや、
「生きたい」心と「死にたい」心の葛藤が始まります。

心というのは、テーゼとアンチテーゼとが常に一組のセッ
トになっているのです。「死にたい」からといって、実は
「死ぬ」決心はつきません。「生きたい」心があるからです。

でも、いったん心がマイナスの領域に入ったとき、そして
その理由が自覚できていないときには、「死にたい」気持ち
は日に日に強くなっていきます。「わからないこと」にたい
する探究心があるからです。また勉学意欲も勤労意欲も消失
します。これも正常だと私は考えています。

(第二段階)

そして次のステップとして、身体から
魂が遊離し始める。外界が手の届かない
ところに遠ざかる。内心は苦しいが、必
死になって耐えている。

芥川龍之介の経験談を読んでほしい。

事態はまさしく芥川の語るとおりにな
る。

 エネルギー状態がマイナスの基底状態
に到達したときに、この心の状態が現れ
る。

たいていの人は、このような場合、悩
み、うろたえ、絶望し、諦めてしまうこ
ともあるのだが、ここで、死なずに、更
にひと踏ん張りするのである。こらえ続
けるのである。

するとまもなく、ある日、あるとき、
突然に
B体験があらわれる。

まことに異様な世界である。恐怖感も
すごい。当人の世界観がこの一瞬で一変
する。

画像:
彷徨う(首吊り)
Wanderer (Hanging)
1955
油彩・カンヴァス
61.0 x 50.5 cm

『鴨居玲展』
私の話を聞いてくれ
石川県立美術館 c2005

 いずれも、マイナスのエネルギーが蓄積したときに観察される症状です。
 芥川龍之介ウェルテルの該当部分を参照してください。ぴったりとぴったりと符合します。


これらの症状はB体験に先んずる前兆症状であることに留意してください。また、1.の後に2.がくることに注意してください。2.のあとに1.がくることはありません。