さて、上記5タイプのうち、ウイリアム・ジェイムズはどのタイプに該
当するか、という問題であるが、すでに前稿「
A体験が欠落」で説明した
ように、ジェームズは
A体験を経験しておらず、A体験を分析する能力と
か、
Aにもとづく哲学にたいする理解とか、A体験に賛同する心の準備は
まったくない。

Aが欠如しているのであるから、彼はAタイプではないことはもちろん、
A after Bでも、B after Aでもない。

ただ、「病める魂」に見られるBについての完璧な記述からみて、彼は、
Bの心理的状態についての明白・確実な認識は持ち合わせていると考える
べきであり、従い、ジェイムズは
B onlyである、と断定されておかしくな
かろう。

そして前稿ジェイムズのB体験に見られるとおり、Bの体験の時期
は彼が
25歳のとき、あるいは28歳のときと断定してもよいだろう。

繰り返しになるが、これまで検討を加えてきた人々をタイプ分けにしておこう。


1. 神秘体験をまったく体験しないタイプ

       私たち一般人             
       人口比99%がこのカテゴリーに属している。
       民主主義という哲学の下ではこのカテゴリーが民意の
     決定権をもつ。

2. 神秘体験Aのみを体験したタイプ (A only)

       谷口雅春、西田幾多郎、プラトン、プロティノス、
    デカルト、カント、ヘーゲル、
アウグスティヌス、

       『宗教的経験の諸相』の中での提示例は、
       
スイス人の手記  J. トレヴォーアの自叙伝
     
R.M.バック博士  
        なにかといえば、生命、光、絶対、唯一という「かた
     くな」な言葉を好んで使う。

3. 神秘体験Bのみを体験したタイプ (B only)

        ルター、カルヴァン、クロムウェル、ムハンマド、
     ゴヤ、ムンク、高井鴻山


        現れる神は、「死神」だけであり、逃げ道は絶対にな
     い、と主張する。したがって、人間は永遠に奴隷状態
     となる。神の前ですべてを捨てて祈ることしか残され
     ていない、と信じる。

4. 神秘体験Bを体験したのち、神秘体験Aを体験したタイプ
        (A after B)

        出口ナオ、(西田幾多郎)、イグナチオ・デ・ロヨラ

        
考える余地のない狂信家となる。信じる内容はA only
     に同じ。

5. 神秘体験Aを体験したのち、神秘体験Bを体験したタイプ
        (B after A)

        聖徳太子、正受老人、白隠、アヴィラのテレサ、
     (イエス・キリスト)


        西洋ではこのタイプの概念が確立していないので、西
     洋人には理解が難しい。新約聖書が足枷になっている。
     結果としてアヴィラのテレサのように、「怖いものな
     し」の自由な境地を確立してしまう。

B only と は な に か ?

筆者は人間精神の内面の開拓の深さと履歴
に依存して人間を
五つのタイプに分類した。


それは、次の五種類である。


1. 神秘体験をまったく体験しないタイプ

2. 神秘体験Aのみを体験したタイプ
  (A only)

3. 神秘体験Bのみを体験したタイプ
  (B only)

4. 神秘体験Bを体験したのち、神秘体験A
  体験したタイプ
(A after B)

5. 神秘体験Aを体験したのち、神秘体験B
  体験したタイプ
(B after A)