ウ ェ ル テ ル の 総 括

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ラウリッツ・アンデルセン・リング
夕暮れ、老女と死
1886年        
油彩 カンバス 121 x 95 cm
コペンハーゲン、国立美術館

夕暮れとはここでは人生の夕暮れ、黄昏でもある。北国の冷え冷えとした風景のなかで行き暮れた老女の上を舞うのは、命を刈り取る大鎌を持った死神であるが、寄る辺ない老女にとっては死は呪いというよりむしろ救いのようである。(N.S.)

『アール・ヌーヴォーとアール・デコ』甦る黄金時代
千足伸行監修
小学館 2001

 『若きウェルテルの悩み』の主題は、アルベルトの婚約者でありのちに
妻となるロッテへの愛情、ロッテとの心情的な共感、ロッテのもつ完璧な
母性への同系が出発点となり、独占欲が満たされず、結局自殺してしまう
青年の心理分析と一般的に解釈されている。

 まことにそのとおりなのだが、これを哲学の観点から読むと、若きゲー
テの追い求めた視点が見えてくる。俗に汎神論とも神秘論とも称される道
徳的神秘体験を踏まえながら、この範疇に属さない領域を探検し、これら
を包括する哲学を求める人間の姿が浮かび上がってくる。反抗的哲学者の
姿である。

 『若きウェルテルの悩み』の中では、この反抗的哲学者の立場を真正面
より堂々と、三回にわたり繰返し主張する。

 1771.5.10.にまず問題の提起を行い、
 1771.8.18.に徹底的な理論考察を行い、
 1772.11.3.にほぼあきらめの境地にありながらも、答えがほしいと神に祈
る。

 人間内面の分析を基本に据え、それにより理論構成を行おうとする基本姿
勢は、
1771.5.22.付で明確に表明されているが、第二部の後半に至って苦しさ
に堪えかねて宗教による解決
(1772.11.15)を考察してみるが、これは自ら捨て
た。現実的には狂気による解決
(1772.11.30)の予感もあり、結局結論にいたら
ぬまま、終局を迎える。

 ゲーテは人間性の解明を終了しないまま、正当な理由付け(justification
なしに、経験的にかような場合は自殺が適当であると判断して、ウェルテ
ルを自殺させたのである。同時期に深刻な憂鬱症にかかっていたゲーテは、
ウェルテルを殺すことで自らを蘇らせたが、作品上で身代わり自殺をさせた
代償はゲーテをして一生、透明・明快な哲学へと辿り着かせなかった。『若
きウェルテルの悩み』の翌年
1775年に書き始めた『ファウスト』は最終稿を
書き上げたのが死の直前である。『ファウスト』には明確な哲学が記されて
いない。

 道徳的神秘体験の範疇に入らぬ領域とはいったいなにかということだが、
それは自己に内在する悪の芽、悪業、虚偽、暴力、死への願望であり、とり
わけ内面問題のみに限定すると、自殺への希求ということになる。そしてこ
の領域に一歩足を踏み入れて探索を開始すると、自然はその輝きを消し、拠
って立つ足場が崩れさり、自殺の心さえ消えて、暗黒世界が現前する。これ
はいったいなになのかとゲーテは問いつめる。