「死」− 論理の辻褄が合わない

写真:


The Hermitage
Figurine of Aphrodite Playing with Eros

Tanagra

Late 4th century BC

Terracotta; h 18.5

The Hermitage possesses a celebrated collection of Tanagra terracottas, figurines of fired clay. Tanagra sculptors were called coraplasters (in Greek, cora -a girl, plastein - to sculpt), as they were particularly drawn to representing women. This statuette, showing Aphrodite amusing Eros with a whipping top, is unique in the collection of Classical terracottas - this is the only known copy of all the copies with such form. This sculpture illustrates a tendency towards genre sculpture which was characteristic of Hellenic art. The paint is so well-preserved that we can easily imagine how effective this figurine must have been originally.

http://www.hermitagemuseum.org/html_En/03/hm3_1_1c.html

1771.7.16.

               ああ、全身の血脈がおののく。ふとこの指があのひとの指
         にふれるとき、この
足が食卓の下であのひとの足に出会うと
         き! 思わず私は火から身をひくが、奇
(く)しき力がふた
         たび前へと牽(ひ)く。五官はくるめく。・・・・

               ロッテは私にとって神聖だ。その前にあっては、一切の欲
         念は沈黙する。その
かたわらにいるとき、心ははやここには
         なく、あらゆる神経の中に魂が顛倒(て
んとう)する。――
         あのひとにはあるメロディがある。それをピアノの上に天使

              
の力もて奏(かな)でいでる。素朴に! 魂をこめて! あ
         のひとが愛するあの
曲、ただそのはじめの一つの符が鳴りい
         でるとき、それは私をあらゆる苦悩、錯
乱、懊悩(おうのう)
         からときはなつ。

               古き代の音楽の魔力について語られる言葉は、一つとして
         偽りではない。ただ、
あの単純な歌がどうしてこれほどまで
         に私をとらえるのだろう。ロッテはどうし
てそれをうたいい
         でるのだろう。しかも、私が自分の額に一発の弾を撃ちこみ
         た
いとねがう、まさにそのときに――。そのときに、わが魂
         の昏迷(こんめい)と
幽暗は四散して、私はふたたびかろく
         息をつく。

 憧れのひとにたいする心のときめきを求めて得られない絶望感の中で、突
如としてウェルテルに「死にたい」という自殺願望の心が、はっきりと形を
なして浮かび上がってくる。

 それにしても、ウェルテルの場合のように、思いがかなわず、心が引き裂
かれるような状態のときになぜ「自分の額に一発の弾を撃ちこみたくなる」
のであろうか。論理の辻褄が合わない。閉ざされた暗い空間で逃げ道が見つ
からないときには、それでもなおかつ逃げ道を探せばよい。読者はこの部分
で「私が自分の額に一発の」という記述を目にされると奇怪に感じられる方
もおられると思う。さもなければ、あなたも論理的必然性のない自殺の願望
を自ら経験されたか、そのどちらかに違いない。

 おおよそ、「死」の心というものは、誰彼の区別を問わず、突如として襲
い掛かってくるものであるらしい。かかる事情は、なにもウェルテルのよう
な閉ざされた恋の場合に限らない。前にも書きましたが、イジメに会い続け
た小学校の生徒、事業の破綻を目前にした事業家、初恋に破れた娘、経済的
困窮に直面した老夫婦、数えたてればきりがない。

 若いゲーテが常人とはなはだ異なるところは、ただすんなりと死んでしま
わずに、これはわが心のどこから出てきて、これにしたがえばどこへ行き着
き、かつ、どんな意味を持つのかと探究し続けたところにある。その探究結
果を、根掘り葉掘りゲーテはこれから並び立てる。