彼は次のように言う。


(霊と肉との闘争)

 このようにわたしは病み、苦しみ、いつもよりきびしくわたし自身を責めながら、完全に鎖がたちきられるまで縛られた状態のままでのたうちまわっていた。鎖はもう弛みかかっていたがそれでもわたしを縛りつけていた。しかも、主よ、あなたはわたしの心の奥深いところでわたしにせまり、慈悲深く厳格に、恐怖と恥辱との二重の笞でわたしを打たれたが、それはわたしがふたたび屈服して、ほんのわずかだけ残っている鎖がたち切られずに、またも強くなってわたしを以前よりも固く縛らないためであった。わたしは心のなかで「いまこそ、いまこそ」とひとりごとをいっていた。そういいながらもう決心しかけていた。わたしはもう決心しかけていたが、しかしじつは決心しなかったのである。といっても、もとのところまで戻ったのではなく、すぐ近くにとどまって息をついていた。わたしはもう一度試みた。そしてもうすこしでとどくところであったが、なおすこしたりなかった。じっさい、いまにも手を触れてみるほどであったが、しかしそこに到達したのでもなく、触れたのでもなく、つかんだのでもなかった。わたしは死に死することも生に生きることをも躊躇していた。わたしに中では、わたしの慣れていた邪魔なものは、わたしの慣れていなかった善良なものよりも強くわたしを支配していた。そしてわたしが別人になろうとする瞬間は近づけば近づくほどますます大きな恐怖をわたしの胸に打ちこんだ。しかしそれはわたしを後方に打ち返すこともできず、また脇へむけることもできず、ただ宙に支えていた。

………


かの女(貞潔)はわたしにむかってほほえみかけたが、そのやさしい微笑によってわたしをいさめるようであった。「……なぜあなたは、自立しながらしかも自立しないのか。その身をあの方になげかけなさい。恐れてはならない。あの方は身を引いて、あなたを倒れさせることはないであろう。安心してあの方に身を投げ出しなさい。あなたを引き受けて、あなたを癒やしてくださるであろう」。わたしは、あの愚かなもののつぶやきを耳に入れて、宙に浮いていたのではなはだしく顔を赤らめた。そして貞潔はふたたびわたしを諌めてこういうのであった。「あなたのけがれた地上の肢体に耳をふさぎ、それらを殺してしまえ。それらはあなたに喜びを語るけれども、しかしそれはあなたの主である神の法が是認するものではない」。このような闘争がわたしの心中に起ったのであるが、それはまったくわたし自身に対する闘争であった。……

                (同上、8-11)


(「取って読め」――ついに回心)

 しかし、深い考察によってわたしの悲惨のすべてが心の奥底から引き出して、「わたしの心の前に」積み上げたとき、激しい嵐がおこって、激しい涙のにわか雨をもたらした。わたしは声をあげて涙を流しつくそうと立ち上がって、アリピウスから離れた。……


 わたしはどうであるかはわからないが、とある無花果(いちじく)の木の下に身を投げて、涙の溢れ出るのにまかせた。……


 「主よ、あなたはいつまでなのか。主よ、いつまでなのか。あなたはいつまで怒っているのか。わたしたちの犯した古い不義のことを思い出さないでください」。……


 「もうどれほどでしょう。もうどれほどでしょうか。あすでしょうか。そしてあすでしょうか。なぜいまでないのですか。なぜいまがわたしの汚辱の終わりでないのですか」。


 わたしはこのように訴えて、わたしの心はひどく苦しい悔恨のうちに泣いていた。すると、どうであろう、隣の家から、男の子か女の子か知らないが、子供の声が聞こえた。そして歌うように、「取って読め、取って読め」と何度も繰り返していた。

 ………


 わたしはそれ(使徒の書)を手に取ってみて、最初に目に触れた章をだまって読んだ。「宴楽と泥酔、好色と淫乱、争いと嫉みを捨てても、主イエス・キリストを着るがよい。肉の欲望を充たすことに心をむけてはならない」。わたしはそれから先は読もうとはせず、また読むにはおよばなかった。この節を読み終わると、たちまち平安の光ともいうべきものがわたしの心の中に満ち溢れて、疑惑の闇はすっかり消え失せたからである。

                  同上、8-12

 この節が『告白』の最重要ポイントでるから、丹念に採録したの
だが、筆者のコメントは次頁に書くことにしよう。

悪心の除棄法−アウグスティヌスの場合

画題:Benozzo Gozzoli
        "Take up and read"  1465
         out of  17 scenes from the life of Augustine
           the Church of Saint Augustine
           San Gimignano

         
         Augustine of Hippoから借用