なんとなれば、理知による判断は時間もかかるし、いつも成功するとはかぎらない。そこへ理知を越えた非論理的で超越的な啓示を標榜し、これが「絶対」だと提示する人間が現れると、その説に屈服し追従する方がはるかに安楽なものである。

 もちろん、啓示が(神秘体験Aが)現れたときに、われわれの知性は「心に直接に射しこむ光線によって明るく」(4-19-5)されることは事実だと私は認める。

 しかし、それだけでは説明できぬ暗い面を無視し、Aだけを取り上げ、これこそ唯一で絶対だと教え込まれた人たちは、唯一絶対なものを神的権威と考え「神がこれをなしたもうことを約束したもうてあると理解する」(4-19-6)。そして「これは、上からの命令であり、これを遂行して誤るはずはない」(4-19-6)と考える。これが狂信である。

狂 信 と は な に か

画題:無款
      『地獄図屏風(部分)
      江戸時代中期
(18世紀)
      紙本著色六曲一双
      平山郁夫
      『秘蔵日本美術大鑑9 
      ライデン国立民族学博物館』

      講談社 1993


   自分ではまったく体験していないのに、
   聖霊だとか、イデアだとか、善だとかを
   絶対の価値だと信じ込む人は、
   火炎地獄のなかで重荷を背負わされて
   橋渡りをする亡者に似ている、

   とロックは主張する。

          

 しかし、われわれ人類は、(プラトン以来)過去2000年もの間、啓示、神、イデアという絶対価値への信奉を続けてきた。これを一挙に崩すとどうなるのか。また、絶対価値がない場合に、われわれは何を信じればよいというのか。

 ロックは答える。それは「経験である」と。

 だいたい、私たちが受けた啓示とか、神とか、イデアとかは、そこに到達するときに、皆どうしたのか。人々は必ず自ら「思惟し、瞑想し、各自の機能を正しく用いたから獲得された」(1-4-16)もので、唯心論者の主張するように生得概念が働いたわけではなく、それはわれわれが努力して勝ち得た「経験」だったはずだ。

 その個人的経験として限定されるべき体験を、イデアだとか、神だとか、啓示とかいう名前で公にし、その内容を普遍的真理として「未経験者」に押し付けることは筋が通らない。また、その体験を絶対価値として提示すると、未経験者の間に狂信が生まれる。

(理知と啓示と狂信)

 いつの時代にも、ふさぎこみと献身とが混じり合った人たち、あるいは、うぬぼれのあまり自分を高く買い、余人に与えられるよりにいっそう親しく、愛顧をいっそう受けていると考える人たちは、しばしばと直接に交わり、神霊から頻繁に伝達されると信じこんで、得意になった。私はこれをまさしく狂信だとする。狂信は、理知にも神の啓示にも基づかず、のぼせた頭脳の、あるいは思いあがった頭脳のうぬぼれから起こるが、いちどしっかり立てられると、理知と啓示のどちらか、あるいは双方より、人々の信条や行動へ強力に働きかけるのである。       (4-19-5/6/7)

(狂信は理知的根拠を持たない)

 そこで、問題は次のようである。すなわち、神がこれを私に啓示したもうたお方であること、聖霊が私の心へこのように印銘したもうたこと、それゆえに私はこれに従うべきこと、これらをどのように私は知るか。もしこれを知らなければ、私の抱く確信がどんなに大きくとも、根拠はない。どんな光明を僭称(せんしょう)しようと、狂信にすぎない。人々をあれほど眩惑(げんわく)したこの光明も、堅く信ずるから啓示であり啓示だから信ずるという循環にたえまなく人々を追いこむ鬼火にすぎない。理知こそ、あらゆる物ごとでの最後の審判者であり、導き手でなければならない。  (4-19-10/14)