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霧ヶ峰の歴史・文化遺産 戻る
kirigamine no genjyo to miryoku - rekishi・bunkaisan


 霧ヶ峰は古くから人と深い関わりを持っています。

霧ヶ峰の古代の遺跡の特徴は、黒耀石の一大産地である和田峠に近いことから、 黒耀石の加工に関わる遺跡をはじめとして、旧石器時代から縄文時代にかけての遺跡が多く存在することです。八島遺跡、雪不知(ゆきしらず)遺跡、物見岩遺跡など、旧石器時代の黒耀石加工に 関わる遺跡があり、霧ヶ峰南部のジャコッパラ遺跡群には諏訪地方最古級(約3万年前)の遺跡や 縄文時代の落とし穴遺構があります。また、霧ヶ峰産黒耀石の矢じり、槍先形尖頭器 (やりさきがたせんとうき)、ナイフ形石器などは、現在の関東地方、中部地方等で多数発見されて いるほか、縄文時代の遺跡としては遠く青森県の三内丸山遺跡でも見つかっています。 また平安時代から中世の遺跡が霧ヶ峰には多く残っています。特に旧御射山遺跡は、 鎌倉時代に幕府の庇護を受けて全国の武士が集まり盛大に行われた御射山祭を偲ばせる遺跡で、 祭祀に使われた薙鎌(なぎがま)や馬具類、鏃(やじり)など、鉄製の道具及び素焼きの皿である 「かわらけ」などが多数出土しているほか、旧御射山神社前の広場を囲むように、かつて祭の見物席 であった桟敷の遺構があります。
このように古代から中世にかけての多くの文化財は遺跡として残っているほか、 近世以降の本格的採草により完成された霧ヶ峰の草原を含め、霧ヶ峰の空間全体が人との 関わりで形成された文化的遺産の側面を併せ持っています。

黒耀石の矢じり 火入れ
桟敷の遺構 旧御射山神社
加えて、島木赤彦の短歌、随筆をはじめとする近代文学の題材となり、 また、深田久弥、藤原咲平、柳田国男など様々な分野の文化人が訪れて、 霧ヶ峰で「山の会」が催されるなど、霧ヶ峰の文化は深みを増しました。 さらに、昭和初期にいち早く、池のくるみ(踊場湿原)にスキー場が開発されたり、 霧ヶ峰グライダー研究会が設立されるなど、霧ヶ峰はスポーツとも深い関わりがあります。
参考文献:ビーナスライン沿線の保護と利用のあり方研究会 『ビーナスライン沿線の保護と利用のあり方研究会提言《最終報告書》』
平成16年(2004年)3月

諏訪市教育委員会資料