前書

「どろん」(あるいは「どろどろ」)は、幽霊や変化、妖術遣いの出入りの鳴物で、大太鼓を打つ音である。「ヒュードロン」はその「ドロン」と、打ち揚げ花火を打ち揚げるときの「ヒュー」という音との合成音だ。また花火には古来より烽火という人びとに知らしめること、悪病退散や慰霊の意味もあるとされるが、今宵出たがりの幽霊さまが、火の粉や銀粉を身にまとって華麗なパフォーマンス。ヒュードロン、ヒュードロン!

涼しげなアロハを着たオバQ、オバケのQ太郎が花火を見上げて「魂屋〜」と黄色い掛け声。かわゆいP子ちゃん、毛が一本のバケラッタを引き連れて。

時やや移り、所やや変わって、波打ち際に妖精が身を横たえている。鳥系の美しい妖精(フェアリー)で、濡れ羽をかすかに震わせている。傷を負ったのだろうか、それとも何かに怯えているのだろうか。・・・

 

スワンスワン「今宵花火で」の巻      矢崎硯水捌

壱面

一  ヒュードロン今宵花火で出て遣らん      矢崎 硯水

二   アロハシャツ着て仰ぐオバQ        三神あすか

三  妖精の濡れ羽かすかに震へつつ        北野真知子

四   海賊船は音も立てずに           武藤こやん

五  美酒を酌む黄泉の古城にかかる月       山本 秀夫

六   おどせの影は傘化けとなり         高山 紀子

弐面

一  黒塚に舞ふは一葉か怪鳥か          山口 安子

二   さ迷うてゐる人魂のペア          矢崎 妙子

三  「口付けは契りですよね」ロミオ様        あすか

四   劫経る猫が館窺ひ                硯水

五  絨毯もいまでは飛ばず綻びし           こやん

六   ちちんぷいぷい真っ白な息           真知子

七  寒月は吹き消し婆に吹き消され           紀子

八   幽霊会議中断のまま               秀夫

九  水神は美浜原発こらしめて             妙子

十   甦りたるテラノザウルス             安子

参面

一  標本の箱の手足がごちゃまぜに          真知子

二   座敷わらしのさっと隠れる           こやん

三  冥界と魔界の境なきアニメ             秀夫

四   囀り石でやすむ旅人               紀子

五  羅生門蔓(かづら)を覆ふ花ふぶき         あすか

六   鬼面おぼろに映る川の面             安子

*2004年7月25日起首

*2004年8月25日満尾

*河童連句会(妖怪連句bS9号)

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妖怪連句 『3』

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前書

お化けは夏の風物詩、納涼の興行でもあるのだが、この「お化け屋敷の巻」は、世に喧伝される「花やしき」「富士急」「としまえん」などのビックイベントや、各地の小中学校夏休みの賑々しい行事のそれでなく、とある在所の、名もなく荒れ果てた屋敷における出来事である。さて。

痛みにいたむ荒屋の、腐りかけた根太をくずし、古畳を突き抜いて2〜3本の筍が伸びてくる。床の間の痩せこけた虎の掛軸、ころがって白い灰をこぼす骨壷、その傍らには、何処から忍び込んだか一匹の青大将がとぐろを巻く。とぐろをぐるぐると八重に巻き、細い舌をぺろぺろと出して這い廻る。さて。

割れたガラス越しの窓から眺められる湖水。その湖底には、されこうべが眠っているとの噂しきり・・・さてさて。

 

スワンスワン「お化け屋敷」の巻  矢崎硯水捌

壱面

一  筍のお化け屋敷を突き抜きぬ         矢崎 硯水

二   青大将のとぐろ八重巻           山口 安子

三  されこうべ湖底深くに眠るらん        山本 秀夫

四   話聞いてよ木の子のこのこ         高山 紀子

五  クッキーを齧れば月も片割れて        三神あすか

六   囮にかかりもがく魍魎           北野真知子

弐面

一  秋祭缶詰で売る河童の屁           矢崎 妙子

二   児啼爺がコギャル引き連れ            硯水

三  後朝のしとねに残る獏の爪             安子

四   吹き消し婆さっと吹き消せ            秀夫

五  幽霊の旅費もちゃっかり計算し           硯水

六   鎌鼬とはまこと不可思議            あすか

七  寒月光背後にひそむミュータント         真知子

八   タロットカード繰れば凶なり           妙子

九  黒弥撤の一団のゆく丘の上             安子

十   隠れ里では迎へととのひ             秀夫

参面

一  スカラベの護符とミイラは昏々と          紀子

二   ダナエをつつむ黄金の雨            あすか

三  洪水の怪しい波に呑み込まれ           真知子

四   龍がのたうち赤い目を剥く            妙子

五  妖気満つ花千本の吉野山              安子

六   誰()が蝶ならん春風に舞ひ           秀夫

*2004年6月19日起首

*2004年7月24日満尾

*河童連句会(妖怪連句bS8号)

前書

丑三つ時にどこからとなく聴こえてくる祭囃子は、狸が腹鼓を打つ音といわれ、江戸では番町七不思議の一つに数えられる。地神楽の馬鹿囃にどこか似ているが、加賀は金沢の笛も入っているという説もある。山中では山神楽、天狗囃も同種といい、これに係わって御神楽岳という山の名前があると、柳田國雄が『妖怪談義』に記す。

そのかみ、京の都に琴を嗜む隠者がいて、月夜の晩に必ずといってよいほど、狸の腹鼓と琴の合奏(ジョイント・コンサート)を催したと物の本が伝える。そんな折、狸は邪魔になる尻尾を股間に挟みこんで、脚捌きも軽やかに腹の鼓を叩いたそうだ。

「狸ばやし」は日本各地にあり、こちらが正統だとか、いや俺たちこそ正調だとか、かまびすしい。「狸ばやし」は永い時を経て、謡や民謡、ジャズやロックンロール、ニューミュージックに進化して行ったことは言をまたない。

今日もきょうとて、東の都のアリーナでは、年端も行かぬ乙女子が臍出しルック(狸の腹がそのルーツ)で歌にならない歌をうたい、且つは踊り狂っている。観衆のタヌキどもはペンライトを振って、「こちらこそ正統」と言わんばかり・・・。

さてさて、咄の枕はこのくらいにして。

スワンスワン「狸ばやし」の巻    矢崎硯水捌

    壱面

(一) こちらこそ正統狸ばやしかな          矢崎硯水

(二)  音も冴え冴えあやかしの森          渡辺梅子

(三) 柴を焚く煙に隠るる影のいて          にちまろ

(四)  コロポックルが息を潜める          高山紀子

(五) 月背負い韋駄天どこへ走るらん           梅子

(六)  扇捨ておき見上げ入道              硯水

    弐面

(一) もてなしの卓に毒茸笑い茸             紀子

(二)  しずしずふふむ二口の怪           にちまろ

(三) 旅先に憑いて来ている慕霊様            硯水

(四)  寝間着の紐をほどく猫の手            梅子

(五) 絵本には子等のみ通う戸が開き         にちまろ

(六)  蛇神のからむ叢雲と月              紀子

(七) 葦茂る湖に鬼火のちろちろと            梅子

(八)  河童甲羅に滲む詫びさび             硯水

(九) ふと見れば石の鏡に身を晒し            紀子

(十)  粗彫り地蔵あまた転がり           にちまろ

    参面

(一) バーチャルの核拡散はポップコーン         硯水

(二)  ブッシュの好きな二丁拳銃            梅子

(三) 内角の低めにしずむ魔球これ          にちまろ

(四)  烏が騒ぐ樹木子の枝               紀子

(五) 筑波嶺の天の浮橋花に乗り             梅子

(六)  ぎっくり腰の佐保姫の艶             硯水

*2002年12月18日起首

*2003年 2月13日満尾

*河童連句会(物怪連句bR7号)

前書

「金霊=かねだま」とは金や銀の霊、金子(きんす)の霊をいう。あまた存する妖怪・変化のなかで金銭の妖魔は稀少種であり、恐らくこの一つだけだろうと斯界では言われている。

文政八年の春、房州は大井村の百姓の丈助が朝まだき、苗代の生育のあんばいを見にいった。そのとき、烈しい雷鳴とともに空から五寸ほどの氷片のようなものが降ってきて、地面に穴をあけた。丈助が恐る恐る覗いてみると、眩しいばかりに光り輝く金色の玉があり、その玉を家に持ち帰って大切にした。丈助は村人たちから羨望のまなざしで見られたことは言うまでもない。「金霊」はうなりながら飛ぶといわれ、拾って床の間に飾るとその家は栄え、人手に渡ると家は滅びると伝えられる。この話は『兎園小説』に詳しい。

さて発句、お札にしろ金貨にしろ、ゲンナマの「金霊」は手元から逃げやすい。取り分け「ちゃんちゃんこ」は、「売らんかなの商魂」の誘惑に負けやすく、簡単に逃げられてしまう。

「貧乏神」は貧乏揺すりをして、お金の遁走の手助けでもしているような、年の瀬。

「化け鼠」、あるいは頭の黒い鼠は、貧乏になった親の脛をかりかり齧らんと牙をむき。

「樹木子」(じゅぼっこ。人間の血を吸い込んだ樹木の妖怪。身長四五尺)は齧られてはたまらんと、枝をざわざわ。

さてさて、「月読男」(つくよみおとこ。月を擬人化した語)は空から覗きこみ、失した「鈴虫の鈴」その辺にころがり。

お咄はいよいよ佳境に入るのであるが・・・。

スワンスワン「金霊」の巻     矢崎硯水捌

    壱面

(一) 就中金霊逃げるちゃんちゃんこ        矢崎 硯水

(二)  貧乏神の揺する年の瀬           八尾暁吉女

(三) 化け鼠さあ齧るぞと牙剥きて         山口こずえ

(四)  樹木子どもは慌てふためき         山本 秀夫

(五) さり気なく月読男覗くらん            暁吉女

(六)  鈴を失くして鳴けぬ鈴虫             硯水

    弐面

(一) 不知火の海の割れたる恐ろしさ           秀夫

(二)  ピノキオちゃんは危機を脱して         こずえ

(三) 尻振ってここで受けるとキューピッド        硯水

(四)  ミスモンローはお目目ぱちぱち         暁吉女

(五) 霊峰の雲突き抜ける山男             こずえ

(六)  月見設けに汗しぼる勢子             秀夫

(七) 郭公の輪唱ややに音痴にて            暁吉女

(八)  ふんころがしと旅枕せん             硯水

(九) ご苦労と釣瓶火ふっと吹き消せり          秀夫

(十)  のっぺら坊の屋台繁盛             こずえ

    参面

(一) リストラは係わりなしと生坊主           硯水

(二)  腹芸もする臍芸もする             暁吉女

(三) 真打の仕方噺は鬼気はらみ            こずえ

(四)  若狭人魚の絶え絶えの声             秀夫

(五) 風神の袋やぶれて花嵐              暁吉女

(六)  どちら向いても面妖な春             硯水

*2002年12月18日起首

*2003年 2月15日満尾

*河童連句会(物怪連句bR8号)

前書

そのかみ、遠州の磯辺にたびたび怪しい火が現れ、かわら版を賑わした。怪しい火の玉は箱根の山からひゅーと抜け出し、麓の民家を舐めるように猛り狂ったが、火の粉から火災は殆んど発生しなかった。けれど地元の者たちは、運悪く怪火に出会うと一目散に逃げるか、物陰に身を潜めて通り過ぎるのを待った。もしも火を見てしまうと火勢いよいよ暴れまくり、まぶしくて目が開けていられず、しかるのち、必ず病に倒れた。この火は誰いうとなく「天狗火」と呼ばれるようになった。

「天狗火」は東三河にも確認されたと古文書が伝えるが、こちらは提灯くらいの大きさで、千数百あまりが数珠繋ぎになって海辺を飛んだそうだ。色は燐火より赤く、これに出会ったときも目を逸らすと疫病が避けられると伝承に―。

さて、発句。箱根は強羅あたりの木立から、飛び立たんとする天狗火(天狗の吐く火炎)が燃え広がっていく、遠州めがけて―。

火を鎮める人びとの卍の旗ちぎれ、火神征伐の手裏剣とび、あるいは豆鉄砲の査察まではじまり、茫然自失の民の数知れず。

さてさて・・・。

 

スワンスワン「天狗火」の巻      矢崎硯水捌

*壱面

(一) 遠州や天狗火はしる冬木立           矢崎 硯水

(二)  卍の旗をちぎる北風             吉本 芳香

(三) 手裏剣が何処ともなく飛んで来て        三神あすか

(四)  豆鉄砲の査察はじまり            北野真知子

(五) 空中に月見の酒盃浮かぶらん             芳香

(六)  絵図逆しまに秋の曼荼羅              硯水

*弐面

(一) IQのいかにも低き割れ胡桃            真知子

(二)  リハビリしかと励む鬼太郎            あすか

(三) クローンの美少女の媚び悩ましく           硯水

(四)  お伽の国の旅は「うふふふ」            芳香

(五) 湯の尽きぬ分福茶釜加減よき            あすか

(六)  白雨がやんで月の境内              真知子

(七) 喝采の魔物一座の夏芝居               芳香

(八)  ろくろっ首が盗み食ひする             硯水

(九) 笑気ガス・マイナスイオン・河童の屁        真知子

(十)  メールの文字も化ける御時世           あすか

*参面

(一) 山姥を風切りに乗せ八咫烏              硯水

(二)  「国文」黄泉の連句大会              芳香

(三) 手招きでおいでんちゃいと猫又が          あすか

(四)  トトロの森の好きなわらんべ           真知子

(五) 潜りゆくタイムトンネル花の城            芳香

(六)  G線上の蝌蚪ゆれる池               硯水

*2002年12月14日起首

*2003年 1月31日満尾

*河童連句会(物怪連句bR6)

形式「スワンスワン」はアラビア数字22(句数)を二羽の白鳥に見立てる。春秋二〜三句、夏冬一〜二句。二月一花一鳥(鳥は非定座)。恋二〜三句の一箇所(弐面か参面)。三面による序・破・急。

マグ・モン歌仙「フェアリー」の巻

フェアリーに真青き泉渾渾と      矢崎硯水

    クリケットには紫陽花の毬

   古城へと化け驢馬二頭走らせて

    羽毛の服のあちらさんたち

   岩苔(ライケン)のワインに月の昇るらん

    バグパイプより巧い鈴虫

ウ  うそ寒くさ迷うている堕天使

    惚れ薬などいつも隠しに

   妖精の輪にまぎれては恋盗み

    毛むくじゃらども棲めるマン島

   唄声を波に響かせマーメイド

    冴え冴えとして洞窟の月

   小人らの乗りたる鶴の飛行隊

    DNAの戦争の果て

   惑わしの草地に白亜聳えたち

    チビ助ながらオベロンは王

   課せられしタブーを破る花の精

    三角帽をゆする陽炎

ナオ 呪(まじな)いで旅人騙すしゃぼん玉

    スコットランド多きあやかし

   水棲馬見たしと若いシルキーは

    蜘蛛の巣織りで男射止めん

   杖をもて魔法をかける魔女の技

    パン焼き釜と手廻しの臼

   平和好き気のよいやつと呼ばれたい

    中つ国とは異界なりける

   ハイド氏に変わるジキルの物凄さ

    網のガウンをさっと脱ぎ捨て

   妖しげな万聖節の月の暈

    紅天狗茸伸びる禿山

ナウ 親をよぶ子鹿の声か震え声

    ミノタウロスが迫る勢い

   エルフの矢番えて狙いしっかりと

    蝶の化身のわたる海峡

   はなびらで地球をむすぶ白魔術

    ケルト神話の千金の夜

2001年7月 3日期首

2003年8月29日満尾

河童連句会(妖怪連句bQ0号) 独吟作品

*「マグ・モン」=ケルト神話で楽しき国