現代詩2

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さよならはいらない

さよならはいらない 旅立ちにさよならはいらない

阿弗利加象はくずおれて密林のブッシュをさ迷い 蜂鳥は岩場のケルンに疵ついた羽をやすめ 熊之実はちぎれた尾鰭をサンゴ礁に震わせる それぞれが死に場所をきめて身を横たえる 自然の営みのなか仄暗い密やかな臥所で 肉はにく 骨はほね 羽ははね 鱗はうろこ 魂はたましい かたちあるものは土に還し海に還し たましいは天に還して・・・

わたしは風に吹かれて風になり 星に照らされて星になり 涛に流されて海になる 今日わたしはたましいの象 明日わたしはたましいの鳥 明後日わたしはたましいの魚 わたしのことは気遣わないで哀しまないで わたしのたましいは莞爾として旅立つのだから 幽明はすべて地つづき コスモスはすべて天つづき 旅立ちにさよならはいらない

旅立ちにありがとう 皆さんにありがとう 身近なあなたにありがとう しがらみをかなぐり捨てて旅立つ日 風にありがとう 星にありがとう 海にありがとう こころを運んでくれた いとおしい吾が四肢へ わたしのたましいからの言葉でありがとう さよならはいらない
                            「
わが辞世の詩」



    火盗

どさくさにまぎれ、空バケツを持ったひとりの男が

とびこんでくる。

本部の地下室へだ。

消防士の服に似た服を着、似た動作をして、ひとか

かえの火をバケツに密封する。猛り狂う火は男の手

に吊るさがり、地下室を出、暗闇のなかを停滞物め

いてひそかに運ばれる。男は歩きながら、バケツの

蓋の穴に片手を当てて暖をとるしぐさ。掌を透かし

て骨をみつめているらしい。

二番目の男は、まつ・竹・あしなどの束ねたものを

一番目の男とすれ違いざまバケツに突っ込み、ぬい

て、頭上にかざす。ガソリンのような血は夜空をこ

がし、男は衣服を脱ぎ捨てて駆けだした。

ゆきずりのひとびとは、すれ違ってから踵をかえし

ぞろぞろとついてくる。

夜はいつも決まって寒い。

男は走るために走っている。

とある街角に三番目の男がいる。松明がちかづくと

男は鷹揚に煙草をとりだし、ひとびとの目の前で火

を盗む。そして煙草のけむりを吸い込むと、男の下

半身から蒼白い火がふきでる。ひとびとがひやかし

半分に拍手を送ると、男は肺が黒くなるまでそれを

くりかえす。

ひとびとの合唱。

こだま、そのこだまがこだまする。

四番目の男は群集のなかにいた。男は影のように三

番目の男にくっつき、その肛門から発する圧縮され

た美しい短い火をみつめている。執念深く、眼球に

燃え移るまでみつめている。

 

♂+♀

 

ゆらゆらとゆらめく膜をすべり型崩れしやす

い水掻きや尾鰭でお互いの浮力を拒もうと構

え直せばどこからとなく大きなゆさぶりがき

て我知らず漂いながら横ずれして行くしこた

ま呑み込んだものをどっと嘔吐して苦しく沈

下しぷかぷかと上昇するこまかい泡に背中の

鱗をくすぐられつつ飽くまでも水色をうつす

一枚の鏡にむかいお互いの罪深い見え隠れす

るものを意識裡へ削ぎおとしより透視度の利

いた垂直な面にダブらせようと試みるがゆる

やかな降下の圧差でヌメっとぬめつく吸器に

イメージあるいはイメージの中の吸器からす

ぽっと外れかかる気配を感じちかちかと瑪瑙

色の夕焼けのくだける四個の目の奥でそれぞ

れ異なった色を保ちつつも無常の金色をちり

ばめミョーガの匂いのたちこめる中かったる

い微圧に負けてならじと海綿体のたわんだ境

界へいざって行けばツンノメって時間がじょ

じょに逆流し鞘翅目の固くてがさつくお互い

の前身をわっくりとひらいても一枚の翅もな

く一適の血もしたたらずガムを噛む上下運動

の擬態のくりかえしくりかえしがつづき至極

みじかい無限のひろがりのなかで奥行きの深

い闇をかきわけ見つけ出したものといえばお

互いの発光性の疣きらきらと蒼白く点滅とき

たま紫色にも誘い合って背後へのめりこんで

ゆけば甲羅の割れ目やら分泌孔から入ってく

る水でからだじゅう水浸しとなって流されて

ゆく流されてゆく・・・・・

 

単為生殖

 

あなたのドーナツ型の意識の暈を増感させて

十センチたらずの水疱とも仔豚ともつかぬも

ののうごめきがあって焼ソーセージみたいに

反りかえり溢血のあとなめらかに片傾ぎすれ

ば栃の花色の小水がたまらなく波打ち酸性の

泡と匂いを沸き立たせて皮下層へたまりはじ

めると自らも漂泊された肥大をこらえつつ剥

けていくシームレスストッキングのような兆

候と予測があり次第に湿疹をかさねて一方へ

やや固く締まっていくと内部で奇妙なバラン

スを得てそのバランスの危うさと遊ぶ間もな

くあなたが大きなクシャミをひとつ放出する

とあなたもろとも楕円形に歪んでしまいクル

っと裏返って誕生するもの肉体のアップリケ

を逆さまにつけて・・・・・

 

8つのhOOP

 

<出産>

朝まだき

からだのなかの撓む筋を解いていく

分離しきれぬねっとりしたわれらの巨きな我たち

身を斬っていってしまえ おれは

矢のようにすっぱい下痢を覚悟していたのだが・・・

 

<円核>

ひるさがりの紋白蝶 群れのなか

ひらひらと啓示される 円を象る梟の視線は

みえない筈のものを見

鮮やかに見える対象とすりかえ

とっても底深いイメージに落ちたがる

 

<剥製>

のっぺりしたきみらの暗闇

を 覗いている

乱反射する死児のガラス製の眼

あるいは無垢な口許

冒しがたく ぐぐっとひきつれる卵型志向

 

<平衡>

ふるえる法悦

新しい詩のゆれやすいかりそめの淵

左右の瞑想的にこそばゆい傾斜への吊り具

ああ 愛なく たのむは

きんのきんきんきんたま

 

<砂金>

白い穴へ

砂のきしむ階段をおりて眇の境界へ

盗癖の血がじょじょに沁みていく 移動する

砂そのもの 金そのものの貪婪な所有へ われらは

かぎりなくすべる

 

<溺死>

どうしようもない咽喉の渇き

内部からうねり膨れて泡立つ きょうの波

自らのやっかいな肥大にさいなまれ

逆さに吊るしても 一滴も吐かず

昆布を銜え込んだまま

 

<地軸>

たとえば喩えて

串刺しのおれたちの叫びを嚥むところ

アンズ色にかすむ怒り ポンプで

地下水を汲む 沈下していく怒り それならば

おれはおれの振幅

 

<猟場>

希薄な夢をむさぼる巨頭の鰐 その

歯にからみつく食いカスを啄ばむ寄生鷺

口を閉じるのは神経系リウマチの知覚操作

森は粘りねばる雨

鷺たちよ 優しくて細すぎるその脚よ

 

レスリング

 

きみは

肉塊となり

マットの中央でうつ伏せになる

抱きかかえると

けものの死骸ぶって

やっかいな重さを

おれの体重にくわえてくる

分からないのだ いま

きみが不本意なのか

あるいは得意なのか

きみを殺そうなど

思わないから

何かしゃべってくれないか

 

妙に寒いから おれは

きみを抱きしめる

どうとも思っていないのだよ

きみの筋肉がピクピクすると

真剣みたいに見られるじゃないか

聞こえはしない 観客には

さびしいから こんなにも淋しいから

何かしゃべってくれないか

 

妙に冷えこんできたのに

きみは汗をかく

べっとりと仮死のオットセイ

ワンツースリー

ルールなど お互いに

忘れることにしょうじゃないか

おれの腕から

首をぬいて

トイレにでも行ってきたらどうか

どうしたのだ 何かひとこと

しゃべってくれないか

おれはしあわせだ

きみはしあわせか

フォアファイブシックス

きみの重さが ほとんど

おれの体重と吊りあって

セブンエイトナイン・・・