俳 諧 狂 言
俳諧狂言(四幕)
まどはし歌仙『死人花』の巻
捌&演出 矢崎硯水
@ めぎつねの爪先跳びや死人花 矢崎 硯水
A 精霊風が揺らす細月 児玉 俊子
B 山姥の醸す葡萄酒やや渋く 沖津 秀美
C 妖怪ロード模擬店も出て 東浦 佳子
D E、T、はコスモポリタン目指すらん 矢崎 妙子
E 地球の罅とぎゃまんの罅 硯水
ウ @ 祭髪結へずべそかく針女 俊子
A かはゆいなうと舐める垢舐 秀美
B 子河童を乗せて漂ふノアの舟 佳子
C アララト山のマブの出迎へ 妙子
D 夢占で逸物えいと圧し折って 西岡 恭平
E 介護認定受ける入道 俊子
F 凍月を仰ぎおもかげしょんぼりと 秀美
G 寒三郎のミイラころころ 佳子
H あの世でも流行るツチノコ探し隊 妙子
I 大太発意が屁遊ばす 恭平
J 地唄舞夜叉の舞ひたる花の宴 俊子
K めかる蛙をつつく食取り 秀美
ナオ@ 春の闇ピッキングでも開けられず 佳子
A マタニティーブルー夫が患ひ 恭平
B 石女笑ひ崩れて砂利と化し 俊子
C 馬憑き爺と逃避たくらむ 硯水
D いかづちが空から投げる臍飛礫 妙子
E ペニスケースはナイスキャッチャー 佳子
F 樹木子が生き血吸ひこむ気配して 秀美
G ねずみ男はけちな金貸し 俊子
H 鬼刑事肘を突っ張り「ももんがあ〜」 硯水
I 鏡に写る逆さお芝居 恭平
J 月読はアース探査機操れる 佳子
K オポチュニストのかがせ微睡む 秀美
ナウ@ ばたばたが畳を叩くうそ寒さ 俊子
A 旅支度する笈の化け物 硯水
B とっときの翁の声でからかへば 恭平
C 虚実皮膜の破れひろがり 佳子
D 奪衣婆も花の衣に身をやつし 秀美
E 翼竜の背に燃ゆる陽炎 俊子
一幕
@(幕が上がり、笙の笛の音嫋々と、くれないに染まる死人花の畷(なわて)をめぎつねが跳んでゆく。めすの狐か、狐に身を借る女のまどわしか、どこに行くやら急ぐやら)
「オッヒ、オッヒ」
(息遣いとも、鳴き声ともつかぬ嬌声を発し、疾風のように、スッ跳んでゆく)
A(五島列島、盆の十六日に吹きすさぶ精霊風。餓鬼のさまよえる霊魂が化した、怪しい風。かけら月をいたぶる)
「ヒュール、ヒュール」
B(書割は霊峰、その麓の村落。――山姥は身の丈七尺あまりの女傑、雪のように白い長髪をふりみだし、明暦三年に、陸中の鷹狩り場にあらわる。洞穴にひそんで葡萄酒を密造し、コウモリのふんも、ごみも、みんな一緒くた――舌なめずりしながら)
「塩梅(あんべえ)どないじゃろ?」
C(入り込みの妖怪ロード。軒を争って模擬店をしつらえ、お化け提灯、火の玉ボンボン、びっくり箱などのグッズが売れること売れること。葡萄酒もラベルを貼られ、ちゃんと並んで・・・)
D(溜まり場には、モヒカン刈りのE、T、ヨーロッパの嵐の精、中国のキョンシー、日本の耳なし芳一やらが、しきりと駄弁っている。互いの指の先を突き合わせ、Vサインなどして)
「イエー、オレッチ、国際人やでェ」
E(水の星、核のいくさにひび割れ、垂れ流しの水)
「チョロ、チョロ」
二幕
@(さてさて、ここより裏通り、ややに傾く棟割長屋。神輿をかつぐ威勢のよい掛け声と、シクシクとすすりあげるような声と――
四国は宇和島の、ざんばら髪のさきに尖った鉤針(かぎばり)があり、男とみれば引っ掛ける妖女。引っかかった男身動きできず、もがけばもがくほど、深く食いこむ。すっぴん時はいざ知らず、類まれな美貌と伝わる)
A(間髪をいれず、垢舐(あかなめ)がちょっかい。こやつ、一見童子風ながら、八寸の舌もて風呂場の湯垢をなめ、清掃するありがたき妖魔。今様命名ならば、バスクリンか)
B(アニメ風の舞台装置。舟はただよい、やがて荒れ狂って、天にも登らんばかり。木魂をアレンジした、鬼太郎のシンセサイザー。軽快な音響にまじって、黄色い声が)
「KAッパ!KAッパ!」
「うるさいな、物見遊山じゃねえぞ」
と船客の怒声がとぶ。
C(音楽は『イマジン』に変わる。神を敬わないと、人間の堕落を叱って神が起こす大洪水、アルメリアの山頂)
(『ロミオとジュリエット』の、夢の支配者・マブ女王が、ハシバミの殻の馬車に乗ってあらわれる)
(因みに、原典は芥子粒ほどの小さいお姿であるが、舞台は女形の魂三郎が扮し)
「黄色い〜声には、鉄仮面かぶせ、ガチャリ鍵かけ、悪い〜夢をば進ぜよ〜」
D(獏のくぐもった声)
「凶夢のテリトリー侵略者めが!世に逸物と聞こえども、馬車ごと、圧し折ってやろうぞ」
E(暗転。先にゆくほど暗くなる廊下。不覚をとったか、入道坊主倒れ、白衣に支えられ、松葉杖に支えられ・・・)
F(秋田の鹿角地方。死に際、その人の体に成り代わって縁者を尋ねてくる、おもかげ)
「おめえさ怪我け、おら死(い)ぬで」
G(荒涼たる冬景。ミイラみたいな白い小石、木片)
H(蛇に似て、槌に似て、かなしい声で鳴く、金沢は槌子坂(つちのこさか)の動物霊。ピカッと光る)
I(突然大音響。小高い丘に体をおき、磯辺のハマグリをほじくる大太発意(だいたぼっち)のジャイアント。おならをブっ放す)
J(黄色い煙幕パッと広がり、じょしょに薄れてゆく。大道具すみやかに移動)
森林に棲んで、あるときは灼(あらたか)神霊。また、あるときは恐ろしき鬼神。してその名は、夜叉。――『インド神話』よりやおら抜け出し、居並ぶ鬼ども、神どもをギョロリと睥睨する)
「酌めども尽きぬ〜、河童徳利〜。酒(ささ)注げよ〜、よよこぼれ〜・・・」
K(蛙をつまみに、飲めや唄えの大騒ぎ。魔物の食取りもこれまたグルメで)
「もの食えばこそ〜、もの飲めばこそ〜」
《幕間・幕の内弁当を開く音しきり》
三幕
@(都下某所。高級住宅、高級マンションの町筋、仄暗い灯。真っ黒な影法師、心なしかうつむき加減)
A(大理石もどきのエントランス。サンダル履き、エプロン姿の男出てくる。影法師に気づかず、ため息)
「ア〜ア」
B(軽蔑をこめた哄笑つづき・・・石にひびが入り、石は瓦礫に、砂利にと砕けてゆく。砂はさらさらと音もなく流れ、石女は『砂の女』になり、崩れくずれて・・・)
C(馬憑き爺と不倫の逃避行。――ときは寛永十五年、ところは三州・中村在の太郎助)
(若気のいたりで馬を利鎌でカッ切り、ブッ殺す。そぎゃーなことは、忘るるともなく打ちすぎた太郎助だが、晩年のとある日、不意に馬の霊に取り憑かれる羽目に。――めしは飼葉桶でたらふく食らい、朝な夕なに嘶いて――)
D「ゴロゴロ!バリバリ!」
(曲は激しいラップ。銀色の雹の玉にまじって、馬鹿貝の剥き身のようなものが、天から降ってくる。貝紐を付けたままで降ってくる)
E(《この年、大リーグのスカウト陣の「原人刈り」はじまる》――キャッチャーミットがきついか、すり傷が・・・)
F(血の匂いを嗅ぎつけ、樹木子(じゅぼっこ)が枝を延べる。人間の生き血を吸って成長する、樹木の物の怪)
G(「水木しげるファミリー」の「ビビビのねずみ男」。貧乏からの脱出を図るが、あえなく失敗。貧乏人根性から抜け出せず、零細企業に貸し渋り、貸しても高利)
H(着物だけが、宙乗りで登場。頭から着物をかぶって肘を張り、子どもを脅す蠱物、ももんがあ〜)
「違法ねずみは、死刑なのだ!」
I「鏡に写ればあ〜ら不思議、右手挙げれば、左手挙がり〜、あの世この世は、真逆さま〜」
J「天上天下、くるり逆さま、真逆さま」
(伊邪那岐が目を洗いたるとき生まれたる月の神様、お手を延べられ、天下をお探しになり、肥沃な土地をお探しになり・・・)
「なんせ、五穀の種を御つくりじゃもの」
K(案山子コンクールの街道。そんなこととは露知らず、あしたは明日の風が吹く。鼻提灯プ〜)
四幕
@(クモの巣の垂れさがる荒ら家。夜中に屋根の上でばたばたと音、外に出て見上げるが何もみえず。畳を叩く音に似ていることから、安芸では畳叩きという)
A(僧侶などが旅をするときに背負う、四本脚の箱(笈)。器物は百年経て霊力を得、付喪神となる)
「旅に出ようぞ、旅に出ようぞ」
B(声帯模写)
「――もも引の破をつづり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより・・・」
C(琵琶かき鳴らし、義太夫節)
「――難波土産ぞ、難波土産ぞ。皮膜やぶれど、皮膜やぶれど・・・」
D(切穴よりすっぽん迫り上がり、痩せこけて骨ばかり、物凄い形相の奪衣婆(だつえば)あらわれ)
「三途の川で、おらが亡者から剥ぎ取った死装束、そっくり、懸衣翁(けんえおう)に渡すこた〜アねえ。ひと〜つ、ちょろまかして普段着に、ふた〜つ、ちょろまかしてお出掛けに、みい〜つ、ちょろまかして身をやつし、おらが花道、花衣モ〜」
(大向こうから)
「成駒屋〜」
E(甕を叩くようなきてれつな音、やがて、それが恐竜の脚音と知れ、舞台の袖からあらわれ)
「ギャ〜オ、ギャ〜オ」
(さして暴れるでなく、背中に白銀の炎ゆらめかし、ゆらめかし。――折も折りとて、照明の一つひとつ落ちてゆき、幕下りてゆき――)
(2001年9月3日改訂版
上演の希望者は連絡をください)
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