<「がん告知テク」特訓授業>(読売ウイークリー記事)

 読売ウイークリー2007年3月25日号に、がん告知のスキルアップを目指す講習会の模様がレポートされていました。「私は告知をたくさんやってきたからベテラン」と思っている医師の中にも、自己流の部分が多い医師や、まだ向上する余地のある医師は少なくないと感じます。
 記事では深い部分には触れていませんが、どのような目的を持ってどのような講習が行われるのかが良くわかる記事になっています。このような講習会が、今後全国各地で行われる予定になっています。興味を持たれた方や受講が必要だと思われた方は、近くで講習会が行われる時にはぜひご参加下さい。私も機会があれば講習を受けたいと思います。


「がん最新事情」第2弾  がんセンター垣添総長が提唱  「進行がんにも告知」
知られざる医療の舞台裏「がん告知テク」特訓授業

 15年前、患者へのがん告知率は20%にも満たなかった
 それが今や、がん医療の主要拠点病院では、ほぼ100%が告知される。
 国立がんセンターの垣添忠生総長は、「早期がんでも進行がんでも告知はすべき」と提唱。
 患者のショックを最小限にし、治療法選択に役立たせる適切な告知を実現させるため、医師のトレーニングが「絶対必要」と説く。その“特訓”現場をルポする。
本誌 藤原善晴/イラスト 成田輝旭


 「私は、早期がんでも進行がんでも告知はすべきだと思っています」
 東京・築地の国立がんセンターの総長室で、垣添総長は、そう言い切った。検診技術の進歩で早期がんがどんどん見つかるようになり、医学の進歩によって治療法が多様化していることを説明したうえで、その理由について、
「患者さんがご自分の病名と病態を知らなければ(治療法などの)判断もできないからです」
 と続けた。そして、多くの患者が、がん告知を受けるようになった時代にますます重要となってきた医療現場の課題として、
「問題は告知の内容です。単に『あなたはがんです』というような言い方をすれば患者さんが大きなショックを受けます。医療社会にコミュニケーションの技術が求められているのです」
 と指摘するのだ。ただでさえ、がんを宣告された患者の衝撃は大きいのに、無神経で未熟な告知方法では、そのショックを増大させてしまう。

初の告知技術「講師」養成講座
 1977年頃には、がん告知がほぼ100%に近づいた米国では、当初は、一方的にすべてを伝えていたが、ここ10年ほど患者の心のケアに配慮したテキスト作りや告知のトレーニングが盛んに行われるようになったという。だが、告知率増加が遅れた日本では、医師への告知トレーニングはまだ緒についたばかりだ。
 患者のショックを和らげるために、医師はどんな態度をとり、どんなしゃべり方を心がけるべきか。これまで、そうしたコミュニケーション技術の研究や講習は、もっぱら国立がんセンター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部(千葉県柏市、94年設立)が行ってきたが、全国には浸透していないのが実状だ。
 そうした状況を変えようと、胴部は昨年9月、患者の意向を詳しく調査。日本国内の状況も考慮して「コミュニケーション・スキル・トレーニング(CST)テキスト」を作成。全国から集まった医師、臨床心理士8人を対象に、昨年12月から今年2月まで、計4回8日間にわたる「講師養成講座」を開講した。日本で初めての試みで、受講者は「講師」に認定された。
 同センターの内富庸介・精神腫瘍学開発部長は、
「この8人が今度は教える側に回り、2007年度中に東京、大阪、福岡など7か所で講習会を開きます。この講師陣を先兵として、早く全都道府県に告知技術を伝えるネットワークを広げたい」
 と意気込む。
 8人は今年2月15、16日「さわやかちば県民プラザ」(千葉県柏市)で総仕上げの実習を行ったが、記者はその一部始終を密着取材した。8人は、全国から集まった16人の内科、外科、産婦人科の医師たちを「受講者」役とし、緊張した面持ちで「講師」役を務めていた。実習ではまず「告知の悪い例、良い例」のビデオが上映された。

【NG例】患者に無断で電話
 まず悪い例から紹介しよう。下のイラストのように、ネクタイが緩み、サンダル履きの医師がイスに座って、カルテに目を落としたまま座っている。
 患者が入室し、「よろしくお願いします」とおじぎするが、医師は「座って、座って」とうながすものの、相変わらずカルテを見たまま。患者と視線は合わせない。
医師「これが、先日検査を行った胸のCT写真です。ここに影が見えています」
患者「どこですか」
 医師は、「3センチ以上ありますね。結構大きいな」とつぶやき、独り言のように、「肺内転移もあるな」と続けた。
 患者はCT画像の鎖骨のあたりを指さして質問する。
「ここの細胞を取りましたよね。あれはどうだったんですか」
医師「ああ、腺がんでした。第4期の肺腺がんなので、入院して抗がん剤の治療をします」
患者「がん……」
 その時、医師のPHSが鳴り、医師は患者に断りもなく電話に出た。少しいらいらした感じでしゃべり始める。
「えっ?あー、はい。今は外来中だから無理だな。はい、はい」
 医師はPHSを切って言った。
「えっと、で、なんでしたっけ?」
 この映像を見ていて、記者は、ある乳がん患者から聞いた体験談とそっくりだということに気がついた。
「白衣の着こなしがだらしなく、サンダル履き。データの羅列だけの告知で、この人には命は預けられないと心に決めました」
 告知の時のショックがずっと心的外傷(トラウマ)となり、苦しみ続けたという体験談は、このほか何人もの方々から聞いたことがある。

【理想例】患者の感情に配慮
 続いて、良い例のビデオが始まった(イラスト15ページ)。
ネクタイをきちんと締めた医師が立ち上がり、患者の氏名を呼びながら「お入りください」と声をかけた。患者の目を見ながら、「こんにちは、おかけください」とあいさつし、医師と患者はイスに座った。
医師「10日ぶりですね。寒い日が続いていますが、調子はいかがですか?」
患者「検査の結果が気になって、あまり眠れませんでした」
医師「眠れないというのはしんどいですね」
患者「ええ、父を肺がんで亡くしているものですから、その時のことを思い出してしまって……」
 医師は、しばらく患者と“沈黙”を共有したあと、父親の思い出に共感を示した。そして、これまでの検査などの経過を説明。患者に気持ちの準備ができているかどうか確認する。
「今回の検査結果について、詳しくご説明してよろしいでしょうか?私は十分時間をとっていますが、今日は時間はおありですか」
「できるだけ詳しく教えていただければ」
 と応じた患者に対し、検査結果を詳細に説明。
「途中でわからないことがありましたら、気兼ねせずにご質問ください」
 と伝えることも忘れない。医師は「大変申し上げにくいのですが……」と、患者の心の準備ができるようなワンクッションを置いた。そして、
「鎖骨の細胞から、腺がん細胞が認められました」
 と明確に伝えたのだ。
 前出の乳がん患者からの体験談には続きがある。この良い例の医師そっくりの主治医に巡り合い、
「患者の目を見て、ゆっくり話し、疑問、質問には最後まできちんと答え、治療方法など先への希望や展望を抱かせながら話してくださいました」
 というのだ。
 ビデオ上映が終了すると、「講師」と「受講者」たちが四つのグループに別れ、実習に入った。関西から参加した「受講者」の女性医師がニコニコしながら、ボランティアの模擬患者に話しかけた。
「きのう、春一番が吹きましたけれども、お変わりなかったですか」
 やりとりはいったん中断。女性医師が「講師」に質問する。
「これから深刻な内容を伝える相手に、こんな笑い顔を見せていいんでしょうか」
 それに対し、「講師」の説明はこうだ。
「笑顔で安心感を与えることが大切です。良いコミュニケーションへの寄与率は言葉が7%、声の調子が38%、表情、姿勢、身振りが55%を占めるという研究がありますから」
 別の「受講者」医師が、模擬患者に問いかけた。
「奥さまには相談されたんですか」
「家内は自分の母親を介護していまして……」
「講師」は、そのやりとりを中断して解説を加えた。
「いい質問でした。奥さんが多忙かどうかは、患者さんが外来で治療を受けるのか、入院するのかの重要な判断材料になります」

外来検診増加が悪影響
 「患者さんとのやりとりを掘り下げようと思っても、外来では長い時間がとりにくい。患者さんが入院してからならば、30分以上とれるんですけれども」
「受講者」医師からこんな愚痴が漏れた。
 日本では外来でがん検診から診断・告知まで行うケースが年々増加している。外来で「告知」にさける時間はせいぜい15分か20分だ。入院患者の場合、医師と人間関係ができていることも多いが、外来患者の場合はなかなかそうはいかないので、ますます「告知」にかかわる問題が起きやすい。
 このような日本の医療現場に関して、前出の内富部長は米国での研修経験から、
「米国の医師が1日に診る、がん患者は4〜5人という場合が多いのですが、日本では40〜50人というケースもざらです。多忙を極める日本の外来医療の現場で、『適切な告知』を目指すのには困難さが伴います」
 とも指摘する。
 日本のがん患者への告知率は、これまでどのように推移してきたのか。内富部長によると、92年に行われた厚労省調査で18.2%、94年に28.6%という数字が出たことがあるという。それが、97年に胃がんに限って行われた調査で75.1%に跳ね上がり、現在はがん医療の主要拠点病院では100%に近い告知率となっている。
 問題は、このように告知率が急速に上昇するのと軌を一にして、日本のがん医療現場で「外来診療の増加」だけでなく「平均入院日数の減少」という現象も顕著になっていることだ。
 内富部長によれば、92年ごろ約40日だったがん患者の平均入院日数は、現在は15〜16日ぐらいにまで減っている。その背景には政府の医療費抑制政策があるとされる。内富部長は、
「入院日数が短くなれば診療報酬が増えるシステムが02年から06年まで導入され、治療でよい結果が出ても出なくても、患者さんにがんを告知して退院していただき、外来治療などに切り替えるというような例が増えました」
 と話す。適切な告知技術向上への努力が置き去りにされたまま、病院側の経済的事情で告知率が増えた側面があるというのだ。
 そうした状況のなか、効果が期待されるがん告知のコミュニケーション技術の「講師養成講座」について、日本のがん医療の最高峰・国立がんセンターの垣添総長も、
「絶対に必要なものです。がん治療に当たる医師は、数年に1度はこうしたトレーニングを受けることが必要と考えます」
 と高く評価する。だが、参加した医師や臨床心理士たちは最初の6日間は週末の公休を使っての参加、最後の2日間のみが「業務出張」扱いでの参加だった。そこには重要性が高まるばかりの「心のケア」が結局、医療現場の人々の「使命感」に頼っている実態が垣間見える。
 これに対し、垣添総長は、
「この部分を援助する専門スタッフが必要だが、治療自体ですら人手不足の現状では、はたして実現可能かどうか。不安です」
 と嘆く。がん対策基本法が4月に施行されるのを前に、識者による「がん対策の推進に関する意見交換会」が継続的に行われている。これまでにまとめられた「主な論点」(暫定版)には、「コミュニケーション技術の向上も必要。多忙ゆえのコミュニケーション不足への対応策も必要」との指摘が含まれている。前出の内富部長は、
「告知の問題を根本から改善するには、さらに踏み込んで、患者・家族への心のサポート体制作りを進めていくことが必要です。たとえば、がんが治癒しない状況を告知して延命治療方針を決める際には、患者さん自身の価値観をどう尊重するかが問われています」
 と訴えている。
 医療の進歩とともに、告知率が上昇するのは前進といえる。しかし、それに医師の告知技術が追いつかなければ、患者や家族の幸福増大どころか、その心を踏みにじることになりかねない。

(垣添忠生氏の「国立がんセンター総長」は記事掲載時の肩書きです)


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