<呼吸不全について>

 呼吸の状態が厳しくなっている時には、状況に応じて次のように説明しています。

<肺の役割と仕組み>
 肺は呼吸によって、空気中の酸素を血液に取り込んでいます。人間の身体の細胞は酸素がないと生きていけません。つまり、呼吸がきちんとできることは、とても大切なことです。
 口から気管を通って入ってきた空気は、肺胞(はいほう)という小さな袋に入ります。肺胞は、一人の肺に約3億個あるといわれています。肺胞に入った空気の中の酸素が、肺胞壁を通って血管に入り、赤血球(赤い細胞)にあるヘモグロビンとくっついて、血液の流れによって身体のすみずみまで届けられます。これが、呼吸の仕組みです。

<息苦しさ(呼吸困難)>
 通常の状態であれば、人は意識しなくても自然に呼吸ができます。頑張って息をしていないと十分酸素が取り込めないような肺の状態になると、息苦しさを感じるようになります。医学的に呼吸困難あるいは呼吸困難感というと、「息苦しさを感じる」という症状を指します。
 息苦しさは、痛みなどの他の症状と違う点があります。最も違うのは、「不安が強い」場合が多いということです。息苦しい感じは、直感的に生命の危機につながります。これが不安を強くする大きな要因だろうと考えています。息苦しさを感じたからといって、すぐ命にかかわる状態であることはほとんどありませんが、この「不安感」がつきまとうために、息苦しさとつき合うのは苦しい闘いになることも少なくありません。
 また、昼間は頑張って息をしていますが、夜は眠ってしまって大丈夫だろうかという気持ちになります。「この息苦しさがある状態で眠ってしまったらもう二度と起きられないんじゃないか」という不安です。しかし、たくさんの人に同じことを言われましたが、必ず翌朝またお会いしています。
 息苦しさをやわらげるのに効果があるのは、酸素投与(鼻から吸ってもらうことが多い)、抗不安薬(精神安定剤)、少量のモルヒネなどです。モルヒネは量が多すぎると呼吸を弱める副作用がありますが、息苦しさには少量で効くことが多く、少なめから始めて少しずつ増量すれば、副作用は心配ありません。自宅に酸素が吸える機械を設置する「在宅酸素療法」も日本全国にネットワークができており、息苦しさがある人はたくさん利用しています。
 呼吸に必要な筋肉の動きは、寝た状態より起きた状態の方が、より効率よく空気を吸い込めるようにできています。そのため、息苦しさを感じる人は座った姿勢で寝ていることがよくあります。まわりで見ていると「横になった方が楽そうだ」と思いますが、実際には座っていた方が少ない力でより多くの酸素を取り込めるため、楽なのです。

<体力低下による呼吸困難>
 呼吸も一種の運動ですから、体力を使います。肺の状態がそれほど悪くなくても、体力の低下によって息を吸う力が減ってくると、息苦しさを感じるようになります。このような場合も同じような治療が効果があります。特に酸素投与は効果が高く、在宅酸素療法を考えてみる価値があるでしょう。

<肺の症状が出てくると急速に悪化するように見える>
 肺に病気があると多くの場合、ある程度まではそれほど悪化せずに頑張っているように見えて、症状が強くなると急速に悪化していくように見えます。これは、次のような理由です。
 呼吸は生きていくために非常に重要であり、身体を激しく動かす時にも十分な酸素を身体中に送る必要があるので、もともとはかなり能力に余裕があります。病気によって呼吸の能力が少しずつ減ってきても、息苦しさを感じ始めるまでには、かなりの時間的な余裕があります。
 どれぐらい余裕がなくなると息苦しさを感じるかは、人によってかなり幅がありますが、一般には余裕を使い果たしたあたりで息苦しさを感じるようになります。そして、非常に余裕を持ったもともとの能力と比べると、息苦しさを感じるレベルと生きていくのに必要な呼吸の能力レベルは、かなり近いところに位置しています。
 時間の経過を追ってみてくると、最初は非常に余裕のある、100パーセントの能力があります。病気によって呼吸の働きが少しずつ減っていっても、余裕を使い切るまでは症状が出てきません。しかしその陰では呼吸能力の減少は続いています。息苦しさなどの症状が出てくるようになっても呼吸能力が続けて減少する場合には、病気が始まってから息苦しさが生じるまでの時間より、息苦しさが生じてから命にかかわるレベルまでの時間の方が短いように感じられるのです。
 経過には個人差が大きく、病気の進み方もさまざまなパターンがあるので、全ての人がこのようになるわけではありませんが、一般に呼吸が障害される病気の時に「症状が出てくるまでは元気だったのに急に進んだ」といわれるのは、このような理由です。ただし、呼吸能力の低下がゆっくり進む場合には身体が変化に対応し、「生きるのに最低限必要な力」のラインが下がります。この場合には、息苦しさが出てきてから、呼吸が命にかかわる状態になるまでには、かなりの時間があります。

<呼吸が悪化する場合、今後の予測が難しい>
 呼吸が悪くなっていく場合、他の内臓と比べてこれからの経過を予想するのは簡単ではありません。それにはいくつかの理由があります。
 一つ目は、息苦しさを感じ始めるレベルに個人差が大きいということです。息苦しさを感じやすい人(1)は、それほど呼吸の働きが落ちていなくても、息苦しく感じます。このような場合は「苦しい、苦しい」と言っていても、命にかかわるレベルまではかなりの余裕があることになります。

 また、どの程度まで呼吸の能力が下がると命にかかわるかも、人によって大きく違います。たとえば、かなり少ない力でも大丈夫な人(3)は、通常なら命が続かなくなるところ(緑の線)でも命にかかわりませんが、逆に平均よりも限界が早くきてしまう人(2)は、それより早く命にかかわります。
 このような個人差は、検査で測定することができません。

   病気がどのような場所にあるかによっても、経過は大きく違ってきます。約1センチの腫瘍(細胞のかたまり)がある場合を考えると、左の図のように気管をふさぐ位置にあれば呼吸を大きく妨げますが、右の図のように少しずれているだけで、症状は全くなくなります。

 このほか、がん性リンパ管症(別の項目で説明)の可能性がある時には、それも予測をしにくくする要因となります。このようないくつかの理由から、呼吸に問題が出てきた人の今後を正確に予想するのは、非常に難しいのです。

<痰が出る時に点滴を減らす理由>
 体力がある時には、痰が出てきても咳払いで外に出すことができますが、体力が減ってくると咳払いするだけでも大きく体力を消耗してしまうことがあります。また、肺の状態がよければ肺が水っぽくなることはありませんが、体力が減ってくると肺が水っぽくならないようにする力も落ちて、痰が出やすくなります。このような時には、身体の中の水分を少なめにすることが、肺に水が出てくることを防ぎます。
 肺が身体の中で一番弱っている場合、肺が楽な状態になるようにするのが、身体も楽になるし、命も長く保てます。そのためには、点滴を少なくしたり中止したりすることが一番有効な場合も少なくありません。やってもしょうがないからというような消極的な理由で点滴を減らしたりやめたりしているのではなく、どうするのが身体にとって一番楽かということを積極的に考えた結果、減らしたりやめたりしているということです。


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