<まず、基本的な方針>

 緩和ケアの現場で病状を説明する時に、大切なことは何でしょうか。正確に情報を伝えることは、もちろん大事です。しかし、それだけでは患者さんや家族の気持ちを傷つけたり、情報で振り回す結果を招く場合もあります。ここでは、緩和ケアの現場で私が心掛けている基本的な方針を、まず説明します。
基本は「強力なお膳立てを、さりげなく」

 がんは多くの場合、次第に進行していきます。この先どうなるのかを、患者さんやご家族は、常に心配しています。どのようなことが待ち受けているかは、医師の方がたいてい良く知っています。そのため、今後予想されることを説明するのは、多くの場合医師の役目になります。
 がんがあると、老衰の場合に比べて何倍、何十倍の速さで身体が弱ってきたり、症状が進行したりします。老衰のスピードであれば本人もご家族もついてこられる変化でも、予想もしない早い時期に現れると慌てふためいてしまいます。そうならないためには、予想されることをあらかじめ説明しておく必要があります。そうすることで、「この変化はこの状態の人には誰でも起こる、仕方ないことなんだ」と納得してもらえます。変化が起きてから説明したのでは、ただの言い訳になってしまいます。
 患者さんにもご家族にも「この変化は自然ななりゆきである」と思ってもらうためには、医療者側は「非常に強力なおぜん立て」を、「さりげなく」行う必要があります。そのために重要なことの一つとして、今後起きてくる状況の変化を正確に予測し、少し先回りして家族にこまめに説明しておくことがあります。
 この「少し」先回りというのが重要です。先を見すぎて「こんなことが起こる」「こんなことも起きるかも」と片っ端からあげつらっていくのでは、たくさんのことが心配になりすぎて、せっかくある「今」を楽しめなくなってしまいます。そうではなく、今後そう遠くないうちに起きるであろう変化だけを、心が傷つかないように細心の注意を払って説明することが、医師と患者さん・ご家族の信頼関係をより強め、状況が変化してもその時その時のベストの選択を合議の上で選び続けられる結果につながるのです。
「安心と納得を提供する」

 もう一つの基本方針として、「安心と納得を提供する」というものがあります。
 まず「安心」についてですが、これからの不安に対しては、予測ができることに関しては説明をしておきます。何かの変化が起きたとき、それが起こるべくして起きたものだとわかっていれば、さほど動揺しなくて済みます。また、何が起こるかわからないときに、「なにか変わったことやわからないことがあれば、いつでも連絡してください」と言っておけば、安心はとても大きくなります。
 「納得」は、本人にとっても家族にとっても大切です。病気があると、身体に良くない変化が起きやすくなります。「何でこんな理不尽なことばかり起きるんだ」と思っていれば、どんどん腹が立ってきます。状況の変化を納得するためには、納得できるような説明が必要です。
 「安心」も「納得」も、患者さんやご家族の気持ちの安定を目指しています。医者の中には、医者の本業は「治療」であって、病状の説明は義務だからやっているけれど、本来の仕事ではないと思っている人もいるかもしれません。しかし、一番説得力のある説明をできるのは医者です。同じことを説明しても、医者が言ったことは信用するけれど他の人が言ったことは信用できないという人は、日本にはたくさんいます。いくらいい治療を受けたとしても、理解や納得が得られていなければ「良かった」という気持ちにつながりません。
 「安心」と「納得」を目標に、力を惜しまず状況を説明することは、日本の現状から考えれば医者のとても重要な仕事と受け止めなければいけないと思っています。

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