「五感」
蚕は天の虫と体良くされているが、蚕にしてみれば憎い話だろう。
人々はこの幼虫を数千年来必要としてきた。
その長い年月の飼育と品種改良の結果、羽化しても飛ぶことが出来ずばたばたと這い回り、
数時間で死ぬ昆虫になった。
「衣」を虫の生命が支えてきたとは、考えれば凄まじい。
いい絹糸は、宝石と同じだと思う。
魅力をそなえている。
天の虫とし、お蚕様と崇めるのは当然だ。
しかしそれは、ひたすら恩恵に与るだけの構図をゆるぎないものにしている。
ただ一つの生き物である蚕にしてみれば、やっぱり恨めしいだろう。
絹が好きだ。
蚕は糸を吐き、繭になる。
そこから、真綿紬、座繰り、ずりだし、生糸、様々な絹になる。
理由は切り無し、何よりまず、絹が好きだ。
太古の昔から人々を魅了した絹布。
現代ではありふれた絹だが、やはり素材としての魅力は尽きない。
きぬ、という響きがまた、美しい。
シルクも、然り。
下らぬことだが、豆腐も絹と木綿。
常食品の豆腐に、二大布の名を充てた日本人の感覚に、また惚れる。
こんな姿勢で暮らしていた古人達、布が肌の一枚という五感の鋭さも伝わり、
なんとも清々しい。
「洗練装」
テレビで確か山本寛斎が、着物というのは実は未来的ものです。と言っていた。
直線だけの衣服というのは実は未来的なものだ、という趣旨だったと記憶している。
それが本当かどうかは知らない。
なので回答は未来に任せるが、これ程無駄がなく機能面がシビアに完結している為に生じる
高潔さと品位を持つ形態は、和装やサリーが最も顕著ではないかと思う。