腹話術友の会

原爆平和の祈り絵

8月6日響け!平和の太鼓全世界から!


   
堀内一光が訴える

 

21世紀こそ世界平和を
 
 毎年8月6日を中心に1990年より学校やお寺・デパート等で平和展を開催していたが、私も1930年生まれで、絵も大きく重く、運搬や展示作業が大変なので、ホームページで「原爆・平和の祈り絵」を開設しました。

(題名を付けると、先入観をもって鑑るので付けません。)
 


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平和な地球を子や孫たちに
岡谷市川岸 堀内一光(1930年生まれ)
   
私は、残された人生を私なりに精いっぱい生きたい。「常に胸がときめき、ドキドキ、ワクワク、キラキラ輝く悔いのない一度きりの人生を−」と考えています。
   
悲惨な戦争は20世紀で終わりに
 15歳で少年航空兵として天皇陛下のため死ぬことしか考えなかった少年が、復員して平和運動にのめり込み、広島の原爆病院に一週間泊まり込んで描いたスケッチをもとに油絵を描き続け、独学の絵だからうまくはないが、悲惨さと平和を−、力不足だが訴え続けて来ました。
 今でも世界のどこかで戦争が起きていて、人を殺し合う恐ろしい野蛮な行為が行われ、地雷で手足のない子どもたちや枯れ葉剤で奇形児を出産させ、未だに核兵器を始め多くの兵器が宇宙戦争まで拡大しようとして生産されています。このような人の殺し合いは20世紀で終わりにし、環境を守りあらゆる生物が安心した生活がいとなめる地球を21世紀の子や孫たちに引き継ぎたい。
   
8月には平和の太鼓を
   20世紀の戦争や環境破壊や東海村事故などを、このミレニアムでけじめをつけるために、今年の8月6日8時15分、広島に人類初の原爆投下に合わせ広島市庁舎の被爆石で岡谷市民が湖畔公園に建立した「平和の祈り」の記念碑の前で、日本の屋根・岡谷から響け「平和の太鼓」を、力強く祈りを込めて、日本、いや世界の太鼓連に呼びかけて岡谷市民で打ち鳴らしたい。
   
平和訴える絵を描き続ける
   そして、小さな力だが21世紀、私の腹話術を通して子どもやお年寄りとともに楽しいボランティアを続け、国会で日本国憲法第9条を変えようとしている時だけに、平和を訴えるため、広島原爆の絵を描き続けることを決意しました。
   
過ちを 吾が絵で伝え 孫たちに 平和を託す 祈りかな
   
(2000年4月22日岡谷市民新聞の文芸欄に掲載)

〒384−0045 長野県岡谷市川岸東5−2−5
TEL & FAX 0266-23-6297
 


戦争の語り部

「戦争の語り部」として腹話術と原爆平和の祈り絵を使って
ボランティアで出前します。遠慮なく申しつけて下さい。


 私が広島原爆の絵を描き始めて10年目に岡谷の照光寺で8月6日から9日まで平和展を行ったが、そのとき1990年8月5日の信濃毎日新聞に次のような記事で掲載された。
 
「原爆…祈りの絵筆10年」
 廃墟・悲劇の子・体験談を元に…の見出しで、『岡谷市川岸の堀内一光さん(60)は、この10年間被爆体験談を基に描きためた原爆被爆の絵を、被爆45年の節目の年に、作品に、改めて平和の願いを込めている。
 展示するのは、しゃく熱地獄といわれた爆心地の廃墟の原爆ドーム、焼け野原に立ちつくす視線が焼き付くような子供たちなど20−30点。いずれも真っ赤な絵の具を多用して被爆光景を表現。自らの不安を押さえ込むかのようにコテで塗り重ねた絵だ。
 10年前、広島の世界平和大会に参加。そこで被爆者の朝鮮人婦人や、原爆病院で被爆の体験談を聞いた。異口同音に「今なお子供たちがうらめしそうな目でみつめている」という話は強烈だった。その場で「おれのテーマはこれだ」と決心。そのありさまをデッサンした。スケッチブックは10冊になり、一枚ずつ油絵や墨絵に仕上げている。
 堀内さんは小学校5年の時写生会で先生にほめられて絵が好きになった。本格的に筆を持ったのは旧国鉄時代。労働運動に携わる傍ら、長鉄美術連盟を創立するなど美術運動を続けて40年になる。今はどの美術団体にも所属していない。今回の気持ちを「過ちを 吾が絵で伝え 孫たちに 平和をたくす 祈りかな」と短歌に詠み案内状を送った。』とアトリエでの写真とともに紹介されました。
 
  

原爆の本を読んで
  
六年 堀内 ちひろ


原稿へリンク
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2005年8月6日 「世界平和祈念岡谷市民太鼓と平和の集い」で被爆体験を聞く小学生

諏訪湖ハイツに展示された平和の祈り絵の前で起爆体験を語られた

 
新聞に掲載された記事の紹介

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1994年の長野日報 5月17日に掲載された記事 [公式:長野日報ホームページ]
1994年の岡谷市民新聞 8月7日に掲載された記事
1995年の中日新聞 7月11日に掲載された記事 [公式:中日新聞ホームページ]
1995年の岡谷市民新聞 7月12日に掲載された記事
1998年の長野日報 7月25日に掲載された記事 [公式:長野日報ホームページ]
2005年の信濃毎日新聞 7月28日に掲載された記事

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