再会 V

目が覚めると 午後3時だった。
窓から午後の日差しに照らされた人民公園の森が見える。

相変わらず気分が悪い。
妻は ずっと横についていてくれた。

ヘーホーから飛行機でヤンゴンに戻ってきて サミットパークビューホテルにチェックインしたのが お昼頃。 2〜3時間は寝た。  正露丸が効かない。 ルームサービスに薬を買ってきてもらう。  ベルボーイが薬を届けに来た。 フラフラと立ち上がり ドア開けると ベルボーイは 廊下で草履を脱いで 裸足になって 入り口に立った。 左手を右手首のあたりに添えて うやうやしく薬を差し出した。 その態度にちょっと驚いたが 言葉を口にする元気が出ない。 頷きながら 代金とチップを渡し 薬を受け取る。

昨日の食事があたったかな?。 疲れかな?。  そう思いながら どうしょうもなく眠い。
薬を飲むと また眠りに落ちて行った。

次に目が覚めたのは夕方だった。 体調は相変わらずだ。 ルームサービスが買ってきてくれた薬は効果がない。今晩 チョウさんと夕食の予定だけど 無理だ。 お断りの電話を入れる。

「チョウさん ごめん 体調がよくないので 夕食の約束はキャンセルさせてください。」
「キャンセルはいいですが 大丈夫ですか? どんな感じですか?」
「頭痛・発熱・下痢で お昼前ぐらいから調子が悪くて寝ています。」
「これから薬を持って行って上げますよ。 ホテルはサミットパークビューですね。」
「大丈夫です。 おとなしく寝ています。」
「私 職業柄 いろんな薬を持ち歩いてます。 貴方の症状とか様子を見たらですね いい薬を選べると思います。 八時ぐらいになりますけど ご迷惑で無かったら行きますよ。」

チョウさんは 八時に来てくれた。
顔色を見ながら 私の症状を聞くと 鞄からたくさんの薬を取り出し 数種類のカプセルと粉薬を手渡して言った。

「たぶん油にあたったんだと思いますよ〜。 食事はとらないでくださいね〜。 この生理食塩水の粉をといて水分をとってください。 このカプセルは今すぐ飲んでください。 そしてですね〜 カプセルは三時間毎に飲んでください。 これが効けば朝には楽になるはずです。 もし効かなければドクターの所へ行った方がよろしいですね。」
「お礼の晩御飯をご馳走するつもりが こんな事になってごめんなさい。 いつかまた 必ずミャンマーに来るので そのときは ご飯をご馳走させてください。 それから この薬の代金を受け取ってください。」

チョウさんは むっとした顔をして言った。

「なに 水くさい事を言ってるのっ。  そんな事 いいんですよ。 」

この頃になると お腹は空っぽで 次第に体調も楽になりかけていた。 
チョウさんは 結婚式の写真を持ってきてくれた。 ビルマの民族衣装を着て 美しい奥様と幸せそうなチョウさんが写っていた。 結婚式前後のお話や 生まれたばかりのお嬢さんの話  最近のビジネスの話などを 聞かせてくれた後 お大事に・・・と言い残して帰って行った。 

お世話になりました ありがとう チョウさん。

翌日は快晴。
目覚めが良い。  頭痛・熱・下痢すべて良くなっていた。
お腹は だるい感じが残っていたものの 観光に支障は無いと思った。
朝食を食べにカフェテリアに行く。 しかし食べ物を目の前に 食欲が湧いてこない。 ミルクティーとロールパン半分の簡単な朝食で済ませた。  一方で 妻は昨日まともに食事していない。 ホテルのベーカリーで買ってきたパンを食べただけだったのだ。 申し訳ない事をした。 ルームサービスで何かとってあげれば・・・と今になって思うけれども その時は 辛くて 思いつかなかった。 ゆっくり朝食を楽しんでください。  

ロビーには 今日バゴーを案内してくれる ガイドのオンマー・タイさんが待っていた。 私達がミャンマーでお世話になる最初の女性ガイドさんだ。  挨拶もそこそこに 早速バゴーに向けて出発した。 しかし体調は回復していなかった。 まともな食事もしていない事もあってフラフラで 気分も良くない。 車の中では体力温存のため寝てしまう事にする。 夫婦二人 バゴーまで ほとんど寝ていた。 オンマーさんに起こされたのは チャイプーンの四面大仏だった。 

青い空の下 ゆっくり雲が流れ 風にそよぐ様に遠くから鐘の音が聞こえてくる。 穏やかに四面大仏は佇んでいた。 境内には誰も居なかった。 強い太陽の光が地面に濃い日向と日陰のコントラストを作る。 日陰で犬が昼寝している。  参道を大型観光バスがやって来た。 バスの中から大仏を見物すると 止まらずにそのまま走り去ってしまった。 また静寂がやって来る。  心地よい風と 鐘の音が聞こえる。  このまま 時を止めてしまいたい。 

    

バゴーには高い建物も無く 森の中に町があるようだ。 ちょっとわき道に入ると うっそうとした森の中に建物が点在している。  オンマーさんが 「タバコ工場に行ってみたいですか?」 と言うので行ってみることにした。 葉巻のようなミャンマータバコは 娘さんが手作りしていた。 庭ではボンネットトラックを修理していた。 木陰で 爺さんが エンジンのシリンダーヘッドブロックをはずして のんびり 灯油か何かで部品を洗っていた。  タバコ工場の庭は広かった。  庭には貯め池があり、蓮の花が咲いていた。 池には小さな金色の東屋の筏が浮いていた。 東屋の中にはお坊さんの人形が、空を見上げながら 托鉢のボウルを手に食事している。  僕の後ろからオンマーさんが言った。

「ミャンマー国では この様に池や水のある所で よくこの様なものが置いてあります。   お坊さんの食事は 朝と昼の二回だけです。 お昼を過ぎたら食べられません。 ですから太陽を見上げて まだお昼を過ぎていませんよね・・・と確かめながら食べているのです。 でも本当は お昼をすぎても まだ過ぎていませんと言って食べたり 太陽が動くのをゆっくりしてください・・・という気持ちが現れているのです。」

時は流れて行く。 その時の上で 自分にとって 歓迎すべき事と そうでない事がやって来る。 出来事に良し悪しの性格はない。 そう感じるのは自分の考え方。  受け止め方次第ですよ。 そういう仏陀の教えなのかもしれない。 そんな事を思い浮かべながら オンマーさんのお話を聞いていた。

シェターリャウンのリクライニング仏陀に向かう。
古い日本の戦争記録映画にも登場するこの仏陀像の歴史は古く 990〜1000年頃といわれている。 バガン王朝初期  有名なアノーヤター王が登場する少し前になる。  修復・保守がしっかりしていて とても1000年の時を越えてここにあると思えないほど きれいで プリミティブなお顔の仏陀だった。  仏陀の前にござを敷いて 親子三人がのんびり遊んでいた。 二歳ぐらいの男の子が お釈迦様の前で 飛び跳ね 遊びまわっているのを 若い両親がニコニコしながら見守っている。 両親と眼が合ったので 写真を撮らせてもらった。 子供が恥ずかしがってじっとしていてくれない。  
 
ビルマ一高い シュエモードパゴダに着いた頃 気分が悪くなる予感がした。  パゴダを一周してヤンゴンへ移動することにした。 今晩の飛行機でヤンゴンを離れる。 体力はできるだけ回復させておきたい。 帰りの車もひたすら寝た。  ヤンゴンに戻ると昼食だったが 食欲が湧かない。  オンマーさんに頼んで サンドイッチとか紅茶とか そういう軽いものが食べられそうな富士レストランに案内してもらった。 オンマーさんの母校 ヤンゴン外国語大学の近くの 上品できれいなお店だ。  飛行機の時間も気になるので チャウタジー シュエダゴンパゴダを回って 早めにホテルに戻った。 シャワーを浴びて着替え 空港へ向かう。 ヤンゴンの町は夕方の交通渋滞が始まっていた。 停電で 真っ暗なヤンゴンの町を ミンガラドン空港へ急いだ。   
 
タイ航空 TG306便 バンコク行きは定刻に離陸した。 ゆっくりと流れたミャンマーの時間は また元のスピードで動き始めた。 体調不良でつらい帰国になったが チョウさんの薬のおかげで 最悪の事態は避ける事ができた。  



バガンには何人か知り合いや友人も増えた。 
雨で見られなかったバガンの夜明けも見に行きたい。 
違うミャンマーも見てみたい。 
今度こそ チョウさんに ご馳走しなければならない。 

いつかまた 必ず ミャンマーに戻って来よう。



2002年10月 ミャンマー バゴー ヤンゴン      
                             
 


                                                             







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