再会U


ヘーホー空港から インレー湖の入り口 ニャウンシェを目指す。

山を越え、急勾配を登る鉄道の大ループを横目に見たあたりで インレー湖が見えてくる。 ここは ミャンマーシャン州。 ビルマ人と顔つきや衣服が違う。 シャン・・・とは タイ族(タイヤイ)の事で タイをシャムと呼んだのは シャンの音がなまったものらしい。  国境を超えタイのチェンマイあたりと文化は似ている。 客をもてなす特別なシャン料理は、赤い漆作りで、丸く小さい高足テーブルに それぞれ違う料理を入れた小皿をいくつも乗せて饗応する。 それはチェンマイのカントーク料理と良く似ている。 正直な事を言わせてもらえれば、観光化が進んだカントーク料理は美味しくなかったが、ここのシャン料理は美味しい。 



車は シェニアンの町で 右折。 あとは一本道だ。 道路沿いの寺院の拡声器からは お経を読む声が聞こえてくる。 道路には大勢の若い女性が並び 金属性の丸いボウルを抱え 揺すってジャラジャラ音を立てている。 中にはコインが入っているらしく 寄付を募っているらしい。 車の窓から眺める景色は、子供の頃の日本の田舎とオーバーラップする。 懐かしいニャウンシェの町が見えてきた。 たくさんの人々が楽しそうに歩き 道路を塞いでいる。 五日に一度のマーケットも人が溢れている。

「たくさんの人だね。」
「今はインレー湖のお祭りですからね。 貴方達も 楽しんでください。」

ホテルに到着する。 
レセプションカウンターに行って 見覚えのある顔を捜す。 すぐに懐かしい顔を見つける事ができた。 1998年の訪問した時に シャンの伝統料理を作ってくれた マネージャーのミンミンさんだ。 丁寧に声をかけ チョウさんに書いてもらった手紙と 4年前一緒に撮影した写真を渡すと彼女は言った。

「貴方たちの事は覚えていますよ。 写真をありがとうございます。」 

低く 落ち着いた ミンミンさんの声だった。
彼女が部屋まで案内してくれた。 歩きながら私が言う。

「貴女の作るシャン料理はとても美味しかった。 黄色く焼いた ご飯 とシャンヌードル そして自家製のジャムはとても美味しかった。」
「今日も作りますよ。 シャン料理の歓迎コースディナーを用意します。 パンプキンスープも作ります。 それから ボートは何時用意しましょうか? 」
「すぐに出発します。 用意できますか?」
「大丈夫です。 玄関の前に車を用意しておきますね。」



湖は静かだった。

湖の中ほどにあるファウンドウーパゴダの前のレストランに行き 早めの昼食をとる。 お祭りで パゴダはとても混んでいる。 水路を行き交う船も多い。 黒く 細長い船が水路を行き交う様子はベニスの様だ。 食事をしながら対岸のパコダの様子をぼんやり眺めていると イタリア人と思しき賑やかなおじさんおばさんツアーの一団が 船に乗り込み こちらに移動して来た。 私と妻の和やかな昼食は あわただしく 終わりにせざるを得なくなり そそくさと会計を済ませた。 
チョウさんに教えられた遺跡に向かう事にした。 
船頭君は ジャンピングキャット モナストリー・・・とか言っている。 
そこは猫が僧侶の差し出す輪をくぐる芸で有名なインレー湖の名物観光地だったが。

「そこは 昔 行った。 僕の奥さんは猫が嫌い。 パゴダに行って。」

船頭君は判ったようだ。 右手でエンジンの始動ハンドルをぐるぐる回しながら 左手の親指を立てた。
船はインレー湖を西に向かって進む。 船は いくつかの集落を抜けて 湖に流れ込む川を遡り始めた。 茶色の川の水が勢いよく渦を巻いて音を立てる。 岸辺には畑や竹やぶが広がっていた。 ディズニーランドのジャングルクルーズのようだ。 しばらく行くと壊れそうな桟橋があった。 船はそこに着いた。 船頭君は船を固定すると こっちだ・・・と手招きして すたすた歩き始めた。 集落や市場の中を通り抜けると 大きな橋があった。 船頭君は立ち止まり この先を指差した。 行って来いという意味らしい。 

橋を渡ると下の川では 大勢の人達が沐浴していた。  川の手前には女性がロンジーを胸まで持ち上げて洗髪中。 対岸は男性がロンジーをたくし上げ 身体を洗っている。 ニコニコしながら手を振っている。 橋を渡り終えると カメラとビデオの持ち込み料金を徴収するお兄さんがいた。 代金を払うとタグをくれる。 タグには Shwe in dain と書いてあった。 

アーケードのような屋根のついた参道を登っていくと みやげ物を売る露店が並んでいる。 赤茶けた参道は延々と続く。 外国人はほとんど見かけなかった。 真っ黒い民族衣装を着て派手な色の頭巾をかぶった 山岳民族が 怪訝な顔してこっちを見ている。  さらに進むと 参道の両側に小型のパゴダがいくつも並んでいた。 参道を外れて わき道に出てみる。 山の中腹まで来たらしく 見晴らしがいい。 山の上を見ると 緑の木々中に 白いパゴダがいくつも連なっている。 



山の上には高さ五メートルほどの小型パゴダがたくさん並んでいた。 それらのパゴダに囲まれ 頂上には寺院があった。 サンダルを脱いで 薄暗い寺院に入ると 仏陀を奉る祭壇があり、二人のお爺さんが昼寝をしていた。 一人が 私達に気がついて 起き上がった。 彼は 頭にターバンの様な布を巻いていた。 浅黒い顔に 深いしわが幾重にも刻まれていた。 彼は僕らの前に立ち、無言で 穏やかに微笑んだ。 手招きをしている。 寺の中を案内するつもりのようだ。 仏陀の足跡の形をした水がめ 祭壇 宗教絵 などをゆっくり 巡ってくれた。 赤ん坊を背負った娘が後をついて来た。 寺院の中を一巡すると 外を案内し始めた。 寺の裏に門があり そこから後ろの山々を眺める事ができた。 深い緑の木々に被われた周囲の山々には 白いパゴダが点々と連なっていた。 また山の中に点在する集落から煮炊きする煙が立ち上っていた。 爺さんは塀の上に登れ・・というような仕草をする。 妻と二人で登ってみると 壮大な景色が眼下に広がった。 寺の裏手には小屋があり、簡単な炊事場があった。 両手をあわせ横にし頬をのせて 寝るポーズをすると、彼は頷いた。 どうもここで寝泊りしているらしい。 寺の表に戻ると 鐘つきの棒を差し出し 人差し指 中指 薬指の三本を立てて見せた。 三回たたけ・・・と言うことらしい。 除夜の鐘をつく要領でついてみた。 鐘の音は寺院の中に響いた。   無言のまま微笑み、手を上げて別れた。 

ホテルに戻ると ミンミンさんが夕食の用意をして待っていた。 シャワーを浴び着替えて レストランに行く。 イタリア人の団体席の反対側に僕らの席が用意された。  テーブルの上には 朱色の漆細工の丸テーブルがあり その上に小皿料理が盛られていた。  ミンミンさんの説明によると これはシャンの伝統的な歓迎の食膳で 豆腐を揚げたおせんべいとパンプキンスープは前菜で、メインの鶏肉の揚げ物 魚の揚げ煮 野菜と魚の炒め煮風は コリアンダーをかじりながら食べるとの事だった。  それに黄色い焼き飯だ。 私達二人のテーブルだけ 派手なセッティングで 華やいでいる。 周囲のお客が珍しそうに眺めていた。 これもチョウさんが書いてくれた手紙のおかげだよ。 ありがとうチョウさん。

食後にお祭りを見物しに町をぶらついた。 日本の縁日と同じだ。 お菓子や軽食を売る店 三段重ねの弁当箱や鍋釜生活雑貨を売る店 タナカを売る店 タナカを擦る硯石の様なものを売る店 露店が軒を連ね 若い男の子や女の子が繰り出している。  ろうそくと線香を買いもとめ パゴダにお参りする。 

ところがである・・・なにをしても 何か しっくり来ないのだ。 夜の散歩も早々に切り上げる事にした。
フーピンホテルへと戻る 暗い夜道を歩きながら インレー湖に期待していたものが 実はお祭りでは無い事に気がついた。  のんびりした 天気の良い昼下がり 人影もまばらなパゴダで 日陰でそよ風に吹かれ パゴダの上から聞こえてくる鈴の音や 香を炊く煙の揺らめき・・・。 無性にそういう空間に自分を置いてみたかった。  

翌日朝 ホテルをチェックアウトし ミンミンさんと別れを告げた。
「また来て下さい。 お祭りの時はお客さんが多いので 今度はお祭りの時ではなく 普通の時に来てください。 その時はもっとお付き合いできますし たくさんサービスできますから。」

慌しい インレー湖 ミンミンさん との再会。
フーピンホテルは チョウさんのお友達の 恰幅のいいオーナーが亡くなって、雰囲気が変わってしまった。 ホテルスタッフは揃いの緑のジャケット着て 格好はいいのだが 「気」が感じられないように思う。 ミンミンさんも何か元気が無かったようだ。 求めた事と違う現実を いくつか実感して、少し疲れた。

ヘーホー空港は 以前と同じ様に 明るく 閑散として 生温かく けだるい風が吹き  面倒な事は一切考えたくない雰囲気が漂っている。 そういう空気の中に居る自分が心地良かった。  飛行機を待つ間に 軽い頭痛を感じた。 海外旅行で体調を崩した事の無い私は この時 甘く考えていた。 しかし 飛行機に乗ると 腹痛と寒気を感じ さらに気分が悪くなって来た。  昼前ヤンゴン ミンガラドン空港に着いた時は フラフラになっていた。 バゲージを受け取ると タクシーを捜す。 こんなフラフラでも 言い値で乗りたくは無いという意地だけはあった。 タクシーがサミットパークビューホテルに着くまでの時間は気が遠くなるほど長かった。 その割りにその間の事は良く覚えていないのだ。  チェックインし すぐにシャワーを浴びると ベッドに倒れ込み 眠ってしまった。 

2002年10月 ミャンマー インレー湖







遠くへ行きたい・旅物語
Travel to Myanmar
Mr. Yang. All right resreved .