再会

2度目のバガンは自転車で回った。 

2日間 あちらこちらを巡り 子供たちと遊び パゴダの続く景色を眺めた。 
今日は 朝の飛行機でインレー湖へ向かう。 10月はインレー湖のお祭りである。 インレー湖の上で生活するインダー族は、立ったまま 片足で船を漕ぐ。 舳先に一人 後ろ一人立ち 利き足にオールをからませ ぱっ ぱっ と漕いで 湖の上をすべるように快走する姿はミズスマシの様に美しい。 お祭りの時は 大勢の漕ぎ手が大型のカラウエイ船を引く。 ひとつの目的のために大勢が集い、気持ちを合わせて 息を合わせて漕ぐ姿はオーラが立つようだ。 今回はそのインレー湖のお祭りに日程を合わせて やって来たのだ。 



 さて 早朝のバガン空港である。
エアマンダレーのチェックインを終え、待合室のベンチで 搭乗案内を待っていた。
ドイツ人と思しきご夫妻が歩いてくる。 奥様は機嫌が悪く、ご主人にガミガミ噛み付いている。 言葉は判らなくても 喧嘩は判る。 見たくない・・・ 遠くへ行ってもらいたい・・・と思っていたら、ご主人が私の隣に座ってしまった。 奥様はご主人の前に仁王立ち 険しい顔でブツブツ言っている。 ご主人は黙ったまま 遠くを見るともなく眺め 目を合わせようとしない。  

 席を替わろうとしていた時・・・遠くから 聞き覚えのある声とイントネーションで 私の名前を呼ぶ声が聞こえた。 それは懐かしい顔だった。 

「チョウさん。」

私は席を立ち ロビー入り口から歩いて来る ちょっと太めで まあるい ミャンマー人と握手していた。

「チョウさん 久しぶりだね。ここで逢えるとは思わなかったよ。 元気だった?」
「貴方がくれた手紙で 大体の予定を知っていたので、どこかで逢えると思ってましたよ。」

彼は 1998年に初めてミャンマーに来た時 一週間お世話になった SAIトラベルの日本語ガイドだ。 今はSAIトラベルを退社してフリーのガイドや ビジネスをやっている。 

「今は仕事中です。 これから お客さんと一緒にヤンゴンへ移動します。 後でまた来ますよ。」

そういい残すと 彼はお客さんを連れて チェックインカウンターへ歩いて行った。  私は 何の予告もなく 突然 彼に逢えた事が嬉しかった。 今度の訪問にあたり 日本から彼に手紙を出したのだが、その後返信も無かったので 忘れていた。 彼は独特のイントネーションと愛嬌のある語り口が魅力的なガイドだった。 ガイドという枠を超えて、永くお付き合いしたい魅力が彼にはあった。 彼と旅したミャンマーの一週間は、私達に忘れられない思い出を残してくれた。 三人で周遊したミャンマーは、清涼感いっぱいの優しい風が吹き抜ける様な一週間だった。 

しばらくして 搭乗手続きを済ませたチョウさんが戻ってきた。 
近況報告や 家族の話 彼は結婚して子供が生まれた事も知った。  私達が乗るエアマンダレーは、バガンからヘーホー経由でヤンゴンへ行く。  私達はヘーホーで降機するが、彼らはそのままヤンゴンまで行くそうだ。 やがて搭乗時刻になる。 通路を挟んで僕の右斜め前にチョウさんが座った。 飛行機の中で話は続いた。  

「インレー湖では フーピン ホテルですか?」
「うん。 ミンミンさんが作るシャン料理が食べたいからね。」
「フーピン ホテルに とっても太ったオーナーがいたでしょう。 覚えていますか?」
「彼 チョウさんの友達でしょう? 一緒に写真をとってあげたよね。」
「彼は写真が嫌いなんですが あの時は僕と一緒に写真に収まってくれました。 でもね 去年 彼は死んでしまったんですよ。」
「えっ?」
「癌だったようです。 貴方が撮ってくれた 彼との写真は思い出になってしまいました。」

彼は寂しそうに言うと 前を向いてしまった。 そしてテーブルを出してペンを走らせ始めた。 僕は彼をそっとしておく事にした。 飛行機はフランス人のツアーで満席だった。 僕の隣の席は フランス人ツアーの現地ガイドが座っていた。 彼女は大量のバゲージタグを一つ一つ確認していた。
耳がツンとする。 飛行機が高度を下げ始めた。

チョウさんが 振り返って言った。
「手紙を書きました。 この手紙をホテルのミンミンさんに渡してください。 スペシャルサービスしてもらえるように書きましたから・・・。」
「どうもありがとう。」
「それから 貴方は仏教遺跡を訪ねるのが好きでしたね。 インレー湖の近くに 面白いところがあるんです。 船をチャーターして そこへ行けるように書いてあります。 最近はガソリン代が高くて 不安定なので 値段はわかりませんが、チャーター費用を交渉して 気に入ったら行ってみてください。」
「ありがとう。」 
「それから ヤンゴンにはいつ戻りますか?」
「あさってヤンゴンに戻ります。  一緒に夕食でもどうですか?」
「ではあさって 私の携帯電話に連絡ください。 もし都合がついたら 食事に行きましょう。」

飛行機はヘーホー空港に着陸した。
「では ヤンゴンでまた会いましょう。」
「それではまた・・・。 手紙を書いてくれて ありがとう。 ヤンゴンでの夕食 楽しみにしています。」


ヘーホーの空港は閑散としていた。 のんびりした田舎の空港の雰囲気が気に入っている。 空港を出るとフーピン ホテルから迎えのドライバーが来ていた。 若い彼に荷物を任せ 駐車場まで 空港沿いの並木道を歩いていく。 車にバゲージを積み込むと・・・ チョウさんを乗せた エアマンダレー(ATR-42)は ターボプロップの音を響かせ 離陸して行った。

2002年10月 ミャンマー ニャンウー 〜 ヘーホー


  





遠くへ行きたい・旅物語
Travel to Myanmar
Mr. Yang. All right resreved .