再会 W 

2003年 11月のある日の夕方 
車は インヤーレイク ホテルから トレーダース ホテルに向かって走っていた。 向かい合って立つ サクラタワー と トレーダースホテルが見えてきた。 去年は体調を崩し フラフラになってミャンマーを後にした。 チョウさんと約束していた お礼の食事会も出来ず ホテルまで薬を持ってきてもらうという 迷惑をかけてしまった。 今年は体調も万全で チョウさんと約束した 食事会に向かっている。 トレーダースホテルに着くと あたりは暗くなりかかっていた。  ロビーに見覚えのあるシルエット  チョウさんが待っていた。  

「チョウさん 久しぶり。」
「一年ぶりですね お元気でしたか。」
「ええ。 去年は 食事に行けないばかりか ホテルに薬を持ってきてもらって。」
「いいですよ 大丈夫でしたか? 」
「チョウさんの薬で楽になりました。 ありがとう。 今年は両親を連れてやって来ました。 紹介しますね。」
「こちらは チョウさん 五年前 初めてミャンマーに来た時 一週間お世話になったガイドさんです。 日本語べらべらで 日本人みたいな人だから 言葉は気にしないで 一緒に食事を楽しみましょう。 チョウさん こちらは 僕らの夫婦の両親です。」
「はじめまして よろしくお願いします。」

トレーダースホテルの日本食レストラン 竪琴に行く。  
個室の座敷に案内され まずビールを飲んで 食事会になった。 チョウさんは ダイエット中とかで あまりビールも飲まず 食事もほとんど箸をつけなかった。 

「チョウさん 娘さんに日本からのお土産です。 受け取ってください。」
「いや〜 ありがとうございます。 実はね 僕もミャンマーのお土産を用意したんですよ。」
「かえって気を使わせてしまって ごめんなさい。」
「僕の奥さんが 少しビジネスやっていまして。 きれいな貝や石を使った工芸品のデザインをしているんです。」
「とてもきれいな工芸品のフレームをありがとう。」
「それから 読んで欲しい本がありますのですよ。」
「うん・・・ それは椎名誠さんの本じゃないですか?。」
「あれ 知っているのですか?。 秘密のミャンマーという本なのですが。」
「本屋で見かけて すぐ買って読みました。  最初の数ページ読んで あれ? と思ったのは ガイド氏の事だった。 体系描写といい 語り口といい これは 僕の知っているチョウさんではないか そう思いながら写真をみたら やっぱりそうだった。」
「あはは・・・。 椎名誠氏のガイドは楽しかったですね。」
「チョウさん 日本のTV にも登場したでしょう。 ある夜 仕事から帰ると ミャンマーの番組をやっていた。 最初から見ていないから よくわからないけど バガンで活躍する 日本人医師と看護士さんの話らしい。 懐かしく見ていると 横からどこかで見た顔が現れた。 テレビでチョウさんと再会できるなんて・・・。」

チョウさんは 話し上手 聞き上手 である。 僕らの両親の話を まじめな顔して 頷きながら聴いている。 時々ミャンマーの話をしながら ほとんどは爺ちゃん婆ちゃんの話に上手に付き合っている・・・という感じだ。 流石 接客業だね。 

「チョウさん チークのアンティークを買いたいのだけれど 安全に 安く 日本へ送る 良い方法を知りませんか? 」
「僕が共同経営している会社が 日本への送品は得意ですよ。 ちょっと電話してみますね。」

チョウさんは 携帯電話で誰かと話し始めた。 

「大丈夫だと言っています。 う〜んと 明日の朝予定ありますか?」
「予定は どうにでもできます。」
「そうしたら 明日の朝一番に会社に来てください。 私の共同経営者を紹介します。 会社は セドナホテルの隣です。 インヤーレイクホテルからも近いです。 場所を教えますから 朝八時半に待ち合わせしましょう。」

 注釈 この会社の名前は Nandawun。 
     今は 同じヤンゴンの アーロン通りとバハーン通りの交差点近くに移転したそうだ。
     Nandawunでは チョウさんの友人で共同経営者の Dr. Thant Thaw Kaung にお世話になった。 
     Myanmarの歴史・文化等の古書・図書関係を揃えている事が ドクターの自慢らしく 
     店内を丁寧に案内してくれた。 店内は図書以外にも 土産物 ルビーや真珠 チークの彫刻などが
     所狭しと並んでいた。
 

「それからですね、あしたの夜の予定はどうなっていますか?」
「昼間はヤンゴン市内観光の予定で 夜は特に これと言ってないですけど・・・どうして? 」
「今日は 夕食に招待されたので 明日の晩は私が貴方がたを招待したいと思います。」
「嬉しいですねえ。 でも人数が多いので ご迷惑ですよ。 残念ですが辞退させてください。」
「でも せっかく みなさんでミャンマーに来られたのだから・・・私の家に ご招待したいです。 ミャンマーの家庭料理を食べて行ってください。 予定があるなら無理は言えませんが もし遠慮しているなら 遠慮は要りません 遠慮しないでください。」

みんなの顔を見ると 当惑はしているものの 興味津々の色も隠せない。 そういう顔色だったが ハイソウデスカ・・・という訳にも行かず・・・

「でも こんなに大勢で お宅にお邪魔し食事をいただくと用意するのも大変です。 やはり辞退させてください。」
「そうですか・・・ やはり遠慮してますね。 もう家内にも話してあって大丈夫なのですよ。 よかったら ぜひ私の家に来てください。 」
「そうですか。 う〜ん 三回お誘いいただきました。 これ以上固辞してはかえって失礼になります。 もし 本当によろしければ お邪魔させていただきたいと思いますが いいですか? 」
「もちろんです。 歓迎します。」

二時間の会食が終わり 別れ際にチョウさんが言った。

「これからも・・・永い付き合いに なりそうですね。」
「そうだね。 楽しい付き合いができるといいね。」

  

翌日朝 ・・・ ホテルのロビーで もう一つの再会があった。
ロビーで 小柄な女性がニコニコ待っていた。

「おはようございます。」
「オンマーさん おはようございます 去年はお世話になりました。」
「あ〜 やっぱり貴方方でしたか。 Sanay Travel から このお仕事の予約が いつもより早くに届いたので あれ・・と思いました。 それで 名前を見たら もしかしたら・・・と思いました。 」
「去年は体調が良くなくて元気がなかったけど 今年は大丈夫だよ。 今回は両親を連れて来ました。 お年を召しているので 休憩を多めにとって ゆっくり案内をお願いします。」
「はい わかりました。」

オンマーさんは相変わらず 明るく ニコニコ ハキハキしていた。 
妻もオンマーさんに お土産を渡し 談笑している。 

「日本に帰ってから 妻と オンマーさんの話をしたんです。 オンマーさんを見て どんな家庭で育ったのかについて・・・ たぶん ご両親は厳格な方ではないかという事、たぶん職業は 軍人さんでオフィサーではないか・・・ そしてたぶん兄弟が何人かいて オンマーさんは二番目か三番目のお子さんではないかとという話になりました。 あたっていますか? 」
「え〜 大体 あたってます。 父は軍人ではありませんが 警察の幹部でした。 兄弟がいますが 一番上ではありません。 なんでわかるんですか?」
「勉強が大好きで きちんとしているオンマーさんは たぶん しっかりした考えを持ったご両親の影響だろうし、 長男とか長女は お手本がいないから 要領が悪くて ぼ〜としている事が多いけれど 二番目三番目は 上が叱られるのを見て育つから いつも周囲に気を配り、要領が良くて ハキハキしている。 日本ではこんな風に言うことがあるんだ。」
「あはは・・・ 面白いです。」

オンマーさんは昨年と違い 眼鏡をかけ 髪を短くしていた。

「今は長い髪ははやりません。 おもいきって短くしました。 あはは。」

とても楽しいオンマーさんの案内で 快晴のヤンゴン観光がスタートした。 

「ミャンマー国では、カチン カヤー カレン チン モン シャン ヤカイン ビルマ の民族がいて ・・・・」
車が動き始めると オンマーさんが軽快に しゃべり始めた。
「今日は 最初に 寝釈迦に行きましょう。」
「チャウッタージー・・・だね。」
「発音 上手ですね。」
「恥ずかしいですが インターネットで 挨拶とか 自己紹介を丸暗記しました。 」

するとオンマーさんが いたずらっぽく笑いながら 言った。

「ネカウンラー」
「あ・・・ う〜ん・・・と・・・ ネーカウン バァーデー。」
「あははは・・・上手です。」


市内見物の合間を縫って買い物に出た。 爺ちゃん婆ちゃんには炎天下の観光はきついので 午後はホテルで休憩とってもらい、その間にチョウさん宅 訪問の手土産を用意するため ダウンタウンへ戻った。  アウンサウン スタジアムの近くのシティーマーケットでお菓子を購入、包装してもらった。 一方 今日は 私の妻の誕生日である。 アウンサウンマーケット近くのケーキショップでデコレーションケーキも購入した。 チョウさん一家と一緒に食べられたらいいね。  

チョウさんの家は 湖をはさんで インヤーレイクホテルの反対側。 ビルの入り口に 白髪のおじさんが立っていたので 住所を確認すると このビルの六階だという。 エレベーターでお宅に向かう。 ミャンマーの家は戸締りが厳重だ。 扉にいくつも鍵がついているし 扉の前には鉄格子の扉までついている。 日本より治安は良いはずなのだが 泥棒は多いようだ。 彼の家も 重装備の防犯扉だった。 呼び鈴を押すと 扉が開いて チョウさんが顔をだした。 招き入れられた部屋は 家具や漆の調度品が並ぶ応接間だった。 テーブルには花が飾られ 落ち着いた雰囲気だ。 ご家族を紹介していただいた。 お母様はふくよかなお顔に笑顔を浮かべ 落ち着いた表情で迎えてくれた。 お母様には 俄仕立てのミャンマー語で自己紹介とご挨拶をさせていただくと ニコニコ頷きながら 英語で返事が返ってきた。   チョウさんはお母さんに似ている。 お父様は外出中との事。 控えめで美しい奥様とメイドさんが お茶を運んでくれた。 チョウさんが 隣の部屋に私を呼んだ。 そこにはベッドがあり 小さい娘さん眠っていた。 
チョウさんが ニコニコ 眼を細めながら 小声で言った。

「娘です。」
「うわー かわいいですね。 」
「先ほどまで起きていたんですが 疲れて寝てしまいました。 もうすぐ起きると思います。」
「寝顔はチョウさんに似ているかな・・・まだそっと 眠らせてあげてください。 」

お土産を手渡しながら 頼みごとをした。

「お邪魔するつもりは無かったので お土産を用意していませんでした。 それで急遽 街でお菓子を買って来ました。 皆さんで召しあがってください。 」
「なんで そんなに気を使うのですか?  いいのですよ。」
「実は お願いがあります。 今日は妻の誕生日なのです。 それでよかったら皆さんと一緒に祝ってあげたいのです。 ケーキを買って来ました。 後でみんなで食べましょう。 妻には内緒にしておいて驚かせたいのです。 協力してくれませんか? 」
「いいですとも・・・では ケーキはこの部屋に隠しておきますね。 うふふふ。 」

ダイニングキッチンで 夕食が始まった。 
チョウさんは 朝から肉や魚や材料を仕入れ 料理を用意してくれていた。 魚はすり身にして 味を付け揚げてある。 スパイスと下味が程よく効いていて美味しい。 奥様はメイドさんに指示しながら スープの仕上げをしていた。  さっぱりしてコクがあって美味しい。   彼の家庭料理は これまでレストランで食べた一般的なミャンマー料理と違い 脂こくない。  さらりとしたお料理だった。 そこへ お父様が帰宅された。 ご紹介いただくと 先ほどビルの入り口に立っていた白髪のおじさんが お父様だった。 娘さんも目を覚まし 奥様に抱かれて登場したが 見慣れない顔が大勢いて びっくりしている。 

食事を美味しく頂戴し 隣の応接間で くつろいでいると・・・奥様が 例のケーキに ろうそくを立てて 運んできてくれた。 一同 ぽかん・・・としている。 
ケーキが妻の前に運ばれると   「あっ 」

「誕生日おめでとうございま〜す。」

妻はニコニコして ケーキのろうそくの火を消した。
チョウさんと奥様のおかげで企画は大成功だった。 
隣でニコニコしていたチョウさんが 僕に言った。

「えらい事してくれましたね。 僕の奥さんがちゃんと見てて 覚えてますよ。 今度 彼女の誕生日に 何かしないと 僕 怒られてしまいますよ。 どうしてくれるんですか・・・?  うっふふふ・・・。」

困ったのは僕の方だ。
妻は チョウさんの奥様から ハンドバックのプレゼントをいただいてニコニコしている。  
今度来る時は チョウさんの奥様に何かお土産を用意しなければ。



2003年 11月 ミャンマー  ヤンゴン




遠くへ行きたい・旅物語
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