ポタラ宮殿を見ずに帰れません

春・快晴のラサ クンガ空港に立っていた。
風が強く冷たい。 
標高3000Mを超え 空気が薄く 離着陸の難しい空港だ。 
息苦しさは無いが 多少眩暈を感じる。 
ここまで来るのに 日本から二日かかった。
 
朝の全日空で上海(浦東空港)まで飛び 午後 上海(虹橋空港)から中国西南航空に搭乗。 
上海から成都直行便がとれず 奇岩仙境で有名な世界遺産の武陵源・張家界経由で成都に向かう。 中国のチェックインカウンターは順番という概念が無いらしい。 どんどん平気で割り込んでくる。 郷に入っては郷に従え。 妻に手荷物を預け チケットを握り 中国人を真似て がんがん割り込む。 一瞬だけ 周囲の視線が集まった。 遠慮せず 周囲に負けない程度の強引さでジリジリ前にでる。 すると 意外なほど早く すんなりチェックインできた。  

くじ引き大会。
中国飛行機の中では 航空会社主催で座席番号によるくじ引き大会があった。 豪華景品が当たるイベントで CAさんが当選番号を知らせるたびに 飛行機の中は修学旅行の様な騒ぎとなる。 中国の航空会社は分割・民営化され顧客獲得競争で 何処の航空会社も競ってこのイベントをやっているのだそうだ。 (2000年当時の話)  この年から中国もゴールデンウイークが休日となり 飛行機の中は中国人だらけだった。 

機内食について。 
発泡スチロールの弁当箱を開けると 全面に真っ黒なソースがかかった 肉の様なものがある。 その物体を箸でつまむと下にはご飯が敷き詰められていた。 空腹なので食べることにした。 一口食べると 肉だと思っていたものは 豆腐の厚揚げあんかけだった。 肉と思って口にしたものが豆腐だったので 少々驚いたが、味は悪くない。 

張家界でのトランジット。 
空港は奇岩仙境の中にあった。 田舎のわりに立派な空港のビルまで歩いていく。 空港ビルに入ると 妙な匂いが漂っている。 トイレの匂いだ。 強烈な自己主張をしている。  我慢して入ってみた。 中は水洗式でタイル張りの普通のトイレなのだが 刺激臭が強すぎて、呼吸が出来ない。 無理に息をすると気分が悪くなる。 吐き気が込上げて来る。 小用の行列に並んでみたものの 諦めて 一旦外に出る。 中国のトイレの話は聞いていたが 水洗式の空港のトイレでこれでは 奥地に行ったらどうなるのか?
中の行列が少なくなった頃を見計らって 大きく深呼吸して 息を止めて 早足で用事を済ませた。 妻の話では女性用も同様に刺激臭がひどく さらに個室のドアが壊れて閉まらない・・・というとんでもないトイレらしい。 聞いた話では 中国人はドアを開け おしゃべりしながら 用を足すことができるそうだ。  

  刺激臭についてお勉強したこと・・・トイレの臭の多くは アンモニアの刺激臭だそうです。 ところが尿自身に それほどの強いアンモニア刺激臭を感じた事はありません。 とするとあの強く嫌な臭いはどこから来るのでしよう?  あの刺激臭の正体は尿自身の臭いではなく ウレアーゼという酵素が 尿の成分である尿素を加水分解して発生するアンモニア臭なのだそうです。 トイレには雑菌が繁殖しますが ウレアーゼは この雑菌が持っている酵素なのだそうです。  きっと臭いのキツイ水洗トイレは ウレアーゼがたくさん存在している・・・すなわち雑菌がたくさん・・・という事になるのでしょうかね? 
 

成都に 19:00到着。 
空港には 成都からチベットまで案内してくれる成都中国光大国際旅行社のガイド 符(ふう)さん がピックアップに来てくれていた。 符さんの案内で 有名な陳麻婆豆腐店で夕食をとる。 麻婆豆腐は黒かった。 大量の山椒の粉がかかっている。 レンゲですくうと 下からラー油のオレンジ色に包まれた白い豆腐が現われた。 辛いが美味しい。 ぼそぼそとしたご飯に良く合う。 舌も唇も痺れる。 お腹も痺れる。 汗が頭から噴出す。  ガイドの符さん曰く ビールは高山病に良くないとの事。 しかし飲みたいので青島ビールを一本だけ。。。 
陳麻婆豆腐による お腹の痺れは翌日の朝まで続いた。 私の経験した世界の三大辛い・・・韓国料理 タイ料理 それにこの四川料理。 共通しているのは唐辛子・・・カプサイシンの辛味。 出るまで辛いカプサイシン。

翌日早朝 成都からラサ クンガ空港へ飛んだ。
クンガ空港には ラサ 西蔵旅行から現地ガイドのサイさんと迎えのランクルが来ていた。 客は私たち夫婦だけ。 成都からのガイドと現地ガイドにドライバー。 客よりスタッフが多い変なツアーになった。 ランドクルーザーに揺られラサ河に沿って走る。  春のチベットは まだ山の上に雪が残り 乾燥した冷たい風が吹いている。   しかし空の色は 間違いなく春の色になっていた。 

ラサ市内に入る。 
天気は良いが肌寒く 埃っぽい。 あまり美味しくない中華料理の昼食後、立派な並木の大通り 北京西路沿いの西蔵賓館(チベットホテル)にチェックインした。  部屋で休憩していると 突然 妻は頭が痛いと言って寝込んでしまった。 高山病かもしれない。  一時間程横になったが回復しない。 それどころか発熱して 嘔吐を繰り返し始めた。 

まずい。 
符さんに電話して 事情を話すと すぐに高山病用の漢方薬を持って来てくれた。 その晩は薬を飲んで ゆっくり休む事にした。 ルームサービスで食事を取ったが 妻はまったく食べてくれない。 まあ 元気な私も美味しくいただける食事ではなかったけれど。 ホテルに氷枕を頼んだり、スポーツ飲料の粉末を溶いて水分補給させたり 看病しているうちに 私も疲れて 眠ってしまった。

翌朝 妻は依然として辛そうに臥せったままだ。  
緊急事態かもしれない。 ホテルのドクターに来てもらう。 色黒で長身のドクターの診断は 高山病・・・。 注射して 薬を出す・・・と言っている。 誤解しないで欲しいのだが、私は中国の医療を見下すつもりは無い。 しかしチベットの山奥の辺境の地で 注射は衛生面や備品管理に多少不安があった。 注射で肝炎や感染症にでもなったたら・・・一生の問題になる。  最悪の場合、下山する事も考え合わせて・・・

「妻は注射が嫌だと言っている 投薬だけで済ませてもらえないか?」 

拙い英語で頼んでみたら あっさりOKしてくれた。 
薬を飲んで しばらくすると 妻は少しずつ元気になって来た。 市場で買ってきた林檎を食べてくれた。 これなら下山しなくても済みそうだ。


妻が回復した後 ガイドの符さんが言った。 
「高山病になりやすいのは 身長が高い人 太めの人 喫煙する人 お酒を飲む人 疲れている人 睡眠不足の人 どちらかというと女性よりは男性 なのです。」
私は喫煙するし 酒も飲む。 また大柄な方なので もし高山病になるとしたら 妻より私のほうだろう と思っていたそうだ。 しかし反対になってしまった。 符さんも ドクターに見てもらって回復しなければ下山を考えていたそうだ。 ラサでは 酒は自粛したが 喫煙は止めなかった。 しかし幸運なことに 私は軽い頭痛だけで 大事には至らなかった。 しかし 次も大丈夫という保障はない。 

「ここまで来て ポタラ宮殿を見ずに帰れません。」

二日目の朝 妻は フラフラしながら観光に行くと言う。 二日の間に 口にしたのは 日本から持参したインスタント味噌汁とラサで買った林檎だけ。 心配をよそに 妻は外出支度を始めた。  体調が悪くなったらすぐホテルに戻るという条件で観光に出かける。 

ポタラ宮殿は裏手の入り口から入る。 中は暗く お香とバター灯の匂いが立ち込めている。 祈りの部屋 僧侶の生活の場 宝物品の収蔵の間 チベット様式のストゥーパ・・・歴代ダライラマの霊廟 数多くの部屋が迷路の様に続く。 継ぎ足し継ぎ足しで宮殿は造営されたようだ。 セブンイヤーズ イン チベットの世界が目の前にある。 

ジョカンでは大勢の老若男女が五体投地の祈りを繰り返していた。 ほの暗い寺院の回廊には 蝋燭の明かりが無数に続き 人々の祈りのように 揺らめいていた。 八角街の散策 食事に 夜のチベットオペラ鑑賞まで 妻は頑張りとおした。 

感服・・・。 お疲れ様でした。


チベットに行かれるご同胞 高山病にご注意ください。
出来ることなら クンガ空港からラサに直行せず、一旦もう少し低い街で 高度順応させてください。


2000年5月   チベット  ラサ



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