1.霧ヶ峰の地形

 霧ヶ峰高原は、主峰車山(1925m)を中心として標高1500〜1900m、東西10km・南北15kmに広がる緩やかな地形で、大部分は草原です。 
 霧ヶ峰火山群は、八ヶ岳連峰とほぼ同時代(約140万年前)に噴火し、大爆発により、火口から山頂の部分が吹き飛ばされました。吹き飛ばされる前の山頂は、今の車山の東側にあったと考えられています。なだらかな稜線の美しさは、植物の豊かさとともに霧ヶ峰の魅力のひとつとなっています。






なだらかな稜線美
2.霧ヶ峰の植物

「霧ヶ峰のぼりつくせば眼の前に 草野ひらけて花咲きつづく」
島木赤彦

 渓流のほとりのザゼンソウが終わって5月に入るや、高原にもようやく春が訪れ新芽の緑と地面の茶色・残雪の白のコントラストが実に美しく映えます。6月中旬にはレンゲツツジが草原を深紅に染めます。7月中旬にはニッコウキスゲが高原を黄色一色に染め、この頃から8月中旬までおよそ900種類の花が一斉に咲き乱れます。
 雄大な草原・湿原、さらに安山岩の露出する岩場に点在する樹叢、それらの間をぬって流れる渓流など自然環境が多様で、そこに生育する植物には原生的状態が保存されており、種類の豊富さ・群落の大きさ等から貴重な存在となっています。
 霧ヶ峰の高層湿原で発見されたものに、キリガミネスゲ・キリガミネアサヒラン・キリガミネヒオウギアヤメなど約30種あげることができます。




車山肩に咲き乱れるニッコウキスゲ
3.霧ヶ峰の湿原

 霧ヶ峰の高層湿原は、本州の南限に当り、特に八島ヶ原湿原は尾瀬ヶ原よりも泥炭層が発達していて、約8.1m、およそ1万年以上かかり現在のような湿原になったといわれています。学術的にも貴重であり、車山湿原、踊場湿原の3つの湿原を併せ、国の天然記念物に指定されています。
 泥炭層にふくまれる花粉の分析によって古代から現代までの気候の移り変わりを推測することもできます。




八島ヶ原湿原の七島八島池
4.霧ヶ峰の気象

「鐘がものをいふ 霧だ霧だと 鐘がものをいふ 生きろ生きろと」
平林たい子

 かつての車山観測所の報告によれば、年間298日霧とあり、特に車山を中心として霧が深いという記録が残っています。霧ヶ峰は年間を通して南よりの風が圧倒的に多いので、これが上昇気流を生み霧を発生しやすくしているといわれています。1月の最低気温の月平均は‐14.8℃、8月の最高気温の月平均は24.0℃で、冬は旭川より低く、夏は東京の5月か10月下旬の気温と同等、年間平均気温は2.5℃です。
 諏訪観測所の気象概況では、春季5・6月、夏季7・8月、秋季9・10月、冬季11・12・1・2・3・4月ということで、1年の半分は冬ということになっています。積雪は2月がピークで1m程度となり、主に上雪(かみゆき)によるものです。





霧に包まれる車山
5.霧ヶ峰の歴史

 霧ヶ峰には、踊場湿原近くの「ジャコッパラ遺跡」、「池のくるみ遺跡」、旧御射山神社近くの「八島遺跡」、その他、「物見岩遺跡」や「雪不知遺跡」など、今から約3万年〜1万年前の旧石器時代の遺跡が点在しています。これらの遺跡群の発掘成果は、全国屈指の黒曜石産地としての性格や、そこに生活していた人々の様子などの解明に向け、考古学研究の発展に多くの材料を提供してきました。
 また、中世になると、鎌倉武士の信仰をうけ、旧御射山神社周辺では、馬術や弓矢などの武術を競った神事が執り行われていました。今でも神社前にて、階段状になった当時の遺構を見ることが出来ます。近世になると、さらに人との関わりが強くなり、主に採草地として計画的に利用され、秣(まぐさ)や田畑の肥料として使われました。
 人とともに長い歴史を重ねてきた霧ヶ峰。現在、私たちが見ている草原景観は歴史の証でもあるのです。




旧御射山神社周辺の階段状遺構
長野県霧ヶ峰自然保護センター  八ヶ岳中信高原国定公園  霧ヶ峰高原 
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